2010年9月23日木曜日

今日の芸術 (その他)




「初版の序」には1954年8月の日付がある。
それでも、最近書かれたのではないかと思うようなことが多々ある。

岡本太郎は本質を見つめていたと思う。
そして、社会は本質をはずれたところにあるものなのだろう。
だから、岡本太郎の社会への批判は時を越えても通じる。

岡本太郎は、日々の生活に充実感や生きがい、自信を求めていた。
日々の生活が空しいのは、芸術がないからだという。
芸術とは、芸術家だけのものではない。
すべての人が自分らしく、自分だけの道を進むことが芸術なのだということだと思う。
自分の中の創造欲を芸術として発露させればよいのだという。
そしてそれは、その作品を見る者の生きがい感を触発するのだという。

P.19
スター選手のファインプレーを見て楽しいが、自分は何も参加していない。
楽しみながら、言いようのない空しさに傷つけられている。
自己放棄をやめなければならない。
というくだりに、はげしく同意する。

岡本太郎が1953年にパリとニューヨークでの個展を開くための出発の際に、
記者から「こんどあちらへ行かれて、何を得てこられるんでしょうか?」
と尋ねられて、
「いや、こちらが与えにゆくんです」
と真面目に返事をしたら、大笑いされて腹立たしかった、
というエピソードが、日本社会を顕著に現しており、
おもしろかった。

自分を失いがちなので、定期的にこの本を開いて、
目を覚ます必要がある。

2010年9月11日土曜日

「易経」一日一言 (その他)




著者曰く、易経は「時と兆しの専門書」だという。現象の裏側に潜む真理が書かれている。

陰陽により、世の中は天沢火雷風水山地の8つに分けられ、その8つのうち2つを組み合わせて、現象を読み取っている。
また、その時は、どう行動すべきか、も書かれている。

現実世界で起こっていることを、表面だけでなく、深いところまで見定める。
そうすることで、失敗したとしても、同じ失敗を繰り返さないようになるかもしれない。
また、歴史から学ぶこともできる。

この本では、著者の深い見識が散りばめられており、人生哲学本としても学ぶところがある。
努力して易経を学ぶことで、洞察力や直観力が鍛えられる。

自分で易経を読んだ後で、この本を読めば、卦の捉え方を確認するのにちょうどいいと思われる。

易経を読むと、自分の中にあった「社会や人間関係はこういうものだろう」と考えていた捉え方の浅さに気付く。

常に進むのではなく、進むべき時、止まるべき時があるのだと考えると、心が楽になる。

一番気になった卦は「地天泰」
地が上、天が下になっている。
地は下に、天は上に向かうため、
天地(陰陽)が交わり、
物事が生まれ、育つという
めでたい卦なのだという。

生じている現象が、なぜ生じているのかを考えると、
この先、どうなっていくのかもわかるようになる。
そうすれば、自分がどうすべきかも、
見出すことができるようになる。