2010年1月17日日曜日

夜は短し歩けよ乙女 (その他)




乙女と、乙女に恋する若者と、
奇天烈なその他の人たち(神含む)が、
古都・京都で織り成す物語。

文体やネーミングは50年前のもののようであり、
でもやっていることは、現代的である。

物語の世界は、とてもピュアである。
京都という街を“ろ紙”で、何度もこした後のようである。

乙女は好奇心に満ち、若者は乙女への恋路を直進し、
その他の登場人物も、各々の道をただ進んでいる。
そんな人たちが、木屋町で、学園祭で、下鴨神社で
交差する時、物語が生まれる。

ときおり、思わず涙しそうになることがあるが、
理由がよくわからない。
若者のひたむきさにか、
若者の願いが成就しそうになる喜びにか、
それとも、
“ピュアそのものの世界”
に涙しているのだろうか。

「夜は短し歩けよ乙女」
夜がこんなにおもしろいのであれば、
全てを知るには、確かに夜は、短すぎる。

Presents (その他)



大半の人間は、
平凡な生活を送っていて、
不完全で、ゆがんでいる。
そんな人間同士が生活を共にすれば、
衝突もあり、悲しみもあり、
うらみたくなるときもある。

だが、相手は悪意をもっているわけでもなく、
不完全な人間同士だからこその
副産物である。

「私は完全ではないので、
あなたを幸せにすることはできない。
けれど、私はあなたが幸せになることを願っている」
その想いを伝えるのがプレゼントではないだろうか。

角田光代さんの小説を読んでいると、
「ああ、人間っていとおしいのだった」
と、思い出すことができる。

2010年1月11日月曜日

若き友人たちへ (その他)




2008年にこの世をさった著者は、晩年、大学で講義をもっており、その講義内容を中心にまとめられた本。
本来は、『青春と読書』に連載をおこない、それを新書として出版するという計画だったとのことだが、病のため2回をもって、連載は終了してしまった。
だが、冒頭の2章は、その2回の連載が収められており、それを読んでいくと、是非とも最後まで書いてもらいたかったと思う。

著者はジャーナリストであり、世論が一方に偏ることを危惧していたこともあり、一般には報道されないことも多々述べられている。
例えば、日本国憲法には、戦争をしないことは世界でもほぼ例のないことが書かれているが、もう一つ、男女平等も非常に珍しいこと。
また、日本に郵政民営化の圧力をかけたアメリカでは、郵政は国営であるということ。
世界の映画市場の7割以上がアメリカ製で、国によっては自国で作られた映画ではなく、ほぼアメリカ映画ばかりを楽しんでいる国があること。はたまた、ギリシャのテオ・アンゲロプロスという監督のこと、などなど。

日常生活では、情報源はテレビ・新聞・雑誌がほとんどだ。
おそらく、大メディアはウソはつかないだろうが、ある情報を伝えないということで、受け手側の印象を変えることはできる。
必要な情報をなんとかして収集し、自分の頭で考えることは、国家という集団の中で生きていく上では、不可欠だ。これは、会社組織にもいえることかもしれないが。

この本では終始、若者に足りないものを、示唆してくれている。
少なくとも、自分のもっている情報は、あちこち抜けていて、もっと勉強しなければならない、と恐怖に近い感覚をもって、思える一冊であった。