2011年11月29日火曜日

「平穏死」のすすめ (20/100)




20冊目は、
「平穏死」のすすめ
石飛幸三 著
講談社
です。

私は中小企業診断士の資格勉強をしています。中小企業診断士は通称“企業のかかりつけ医”と呼ばれることがあります。通称に“医”とついていますが、実際の医者というのは大変な仕事です。命と向き合っています。本書の著者は医師ですが、十字架を何本か背負っていると述べています。半端な覚悟で、医者を名乗ることはできないと思います。
私は現在、一サラリーマンです。日常の仕事において命と向き合っている感覚はありません。サラリーマンと“かかりつけ医”には技術だけでなく、仕事への覚悟においても高い壁があると感じます。
本書では、医師である著者の仕事への覚悟も書かれていて、私の中の資格勉強への考え方をより高いものへと引き上げてくれました。
人間活性化の観点から本書をみると、医師がロールモデルになりうると感じた私自身の活性化につながりました。私以外にも、コンサルティングを志す人にとっては、医師は一種の目標像になりうるのではないでしょうか。


本書は、特別養護老人ホーム(以下、「ホーム」)における「平穏死」を広く世の中に提案している本です。そして、「平穏死」を妨げている種々の事柄にもふれています。

「平穏死」とは、認知症が進み、ものをのみ込むことさえできなくなった高齢者が、静かに亡くなっていくことをさすようです。
言葉だけを聞くと、普通のことのようですが、今の日本では、実現するのは大変とのことです。

実状は、「平穏死」から遠いところにあり、約6割の人がホームで死ぬことを望んでいても、現実は8割の人が病院で息を引き取ることになっています。
その流れは簡単には、以下のようなものです。
認知症のすすんだ高齢者は、食べ物を飲み込む機能が低下し、誤嚥(ごえん)により肺炎を起こしやすくなります。
そこで、経鼻胃管(けいびいかん・鼻の孔から胃に管を通して栄養をとる手段)や、胃瘻(いろう・腹から胃に孔を開け、管により栄養をとる手段)を医者から勧められます。
処置をすれば生きている時間は長くなるため、多くの方が処置を受けます。
しかし、それでも胃の内容物が逆流するなどで肺炎は発生し、点滴を原因とする心筋梗塞等も発生しやすくなります。
体調を崩し、病院に運ばれて息を引き取ります。

著者は経鼻胃管や胃瘻により、高齢者の苦しみは増えていると訴えます。
ホームにおける医療の目的は、安らかな死を迎えられるようにすることであり、安易に生命を維持することは、この目的の達成にそぐわないといいます。

著者は食事がとれなくなった時点で寿命であると考えています。食事がとれなくなった高齢者に対して、家族の同意の上で、水だけを与える処置により、実際に何人かの看取りを行っています。結果、高齢者も苦しみが少なく、終のすみかであるホームで最後を迎えることができると書いています。

この議論には、様々な論点があり、著者と異なる意見をもつ医師もいるようです。
認知症で意思表示ができない高齢者の家族も延命処置をするかしないかで、とても迷うようです。苦しんだとしても生きていた方がいいのか、もう寿命だとみなすのか。
私も、もしその立場になれば、とても迷うでしょう。どちらがいいかという、答えなどないのでしょう。

本書を読んだ感想として、生と死の現場には感謝の心があると感じました。
生や死には、知識や技術だけで対応することはできず、“心”も使います。
医師と患者・家族との心と心が触れ合う時、感謝というものも生じるのだと思います。
心を使うことは大変ですが、感謝という得るものもあります。自分自身の日常で、どれだけの心を使っているかを振り返れば、自身が得ている感謝の少なさにも納得がいくような気がします。

また、最後に付け加えますが、社会の仕組み上、医療やホームの現場に死が集まりすぎ、現場で働く人の心は大変消耗しているのだろうとも思います。そんな心の消耗を犠牲にして、現代社会は成立しているのでしょう。現場で働く方の心理ケアは、社会で負担してもよいのではないでしょうか。

印象に残ったことばを引用します。
P26、そもそも九十歳前後の超高齢の方の基礎代謝は正確には判っていません。必要なカロリーはいくらかも判っていません。老衰した体にとっては、必要なカロリーという考え方自体が適切でないのかもしれません。体はもう生存することをやめようとしているのです。

P83、多くの医師は、自然死の姿がどのようなものか知る機会がありません。

P100、特別養護老人ホームの制度が固まった際、日本医師会と厚生省(当時)との間で、ホームの配置医には保険診療ができないことが決められたそうですが、その経緯は明らかではありません。

P105、特養の役目は、キュアよりケア

P108、穏やかな最期を迎えたい、これは人間にとっては最も基本的な欲求です。しかし、日本の特別養護老人ホームは、個人の意志が尊重された、自然な、人生の終焉を迎える施設として、その目的を完結できるシステムになっていないのです。

P173、核家族化した超高齢化社会において、認知症の親を、夫を、妻を個人で介護することはほとんど不可能です。特別養護老人ホームは現代の駆け込み寺です。
P192、そもそも医者とか教師とかは人のために尽くす使命を帯びていたはず。そう開き直っていつでもどこでも連絡に応じて、必要な対処をしました。

2011年11月21日月曜日

「道は開ける」(19/100)




19冊目は、
道は開ける(新装版)
D・カーネギー 著
創元社
です。

原題は、
How to stop worrying and start living
(悩むのを止める方法と、人生を歩き出す方法)
です。原題の方が本書の内容を忠実に表していると思います。

人間は悩みます。いろいろことで悩みます。悩むことにも意味はあります。悩みは無意識のシグナルだと思います。悩みと向き合い克服することができれば、生活はさらに充実し、成長することができるでしょう。

しかし、悩みにとらわれてしまうと大変危険です。悩むと体調や人間関係等に様々な悪影響が出てきます。本書を読むとそれがよくわかります。

また、悩みにも大小ありますが、深刻な悩みもささいな悩みも危険です。本書の事例に、嵐にも倒れない大木が、小さなカブトムシにあちこちをくわれて倒れるというものがあります。
数でみれば、日常の悩みの多くはカブトムシのような小さなものです。しかし、それらの小さな悩みも確実に生命力を蝕んでくるのです。

本書には、大小様々な悩みに苦しむ人がそこからどう立ち直ったかが、多く紹介されています。
私は、先日、資格試験を失敗して、また一年間(以上?)、同様の生活を続けるのかと落ち込んでいました。そんな時、本棚から本書を出して読みなおしてみました。私よりも悩んでいる人が悩みから解放されている事例をいくつも読んで、また、本書の中のアドバイスを読んで、自分の悩みを少しは客観的に見れるようになり、対処法が考えられるようになりました。

本書では、悩むのを止めるための知恵がいくつも紹介されています。

一日一日を生きること、過去と未来に悩まないこと
楽観的に生きること
忙しくしていること
自分らしくふるまうこと
レモンを手に入れたらレモネードを作ること(不快なものからいいものを作る例え)
他人に興味を持つことによって自分自身を忘れること
祈り、感謝すること
疲労を予防すること

悩みの数は、人の数だけあると思います。それらの全てが本書で解決できるわけではありません。しかし、本書を読むことで、悩みの危険性と、悩みを解消する方法の基本やエッセンスを知ることはできます。

よい志や理想だけをみるのではなく、目の前の悩みにも適切に対処する(無視するという対処法も含めて)ことが、イキイキと充実感をもって生きていくためには大切だと思います。悩みにとらわれていては、活性化はないと思います。

日本人の悩みには、加藤諦三氏(心の休ませ方)や、斎藤茂太氏の著作も、よいヒントになるかと思います。


印象に残ったことば
P17、私たちの欠点は、無知ではなくて無為なのである。
P29、明日のことは配慮すべきである。細心の注意を払って計画し準備すべきである。だが心配するには及ばない。
P47、数えきれないほどの人々が怒りと混乱のために自分の人生を台なしにしてしまったが、もとはといえば最悪の事態を受け入れようとしなかったからである。
P68、悩みに対する戦略を知らないものは若死にする。
P105、みじめな気持ちになる秘訣は、自分が幸福であるか否かについて考える暇を持つことだ。
P116、小事にこだわるには人生はあまりにも短い。
P141、もはや動かしがたい事態に対して潔く従われんことを。
P177、政治的な勝利、地代の値上げ、病気の全快、長い間留守にしていた友人の帰還、このほか種々の外部的な事象は人間の精神を高揚させ、幸せな日々が到来するような予感を抱かせる。これを信じてはならない。そんなことは決してない。自分に平和をもたらすのは、ほかならぬ自分自身なのだ。
P178、人間は起こることよりも、起こることをどう評価するかによってひどく傷つくのだ。
P179、快活さを失ったとき、他人に頼らず自発的に快活さを取りもどす秘訣は、いかにも楽しそうなようすで動きまわったり、しゃべったりしながら、すでに快活さを取りもどしたようにふるまうことである。
P187、私たちが敵に憎しみを感じると、むしろ自分自身が敵に支配されることになる。私たちの憎悪は少しも敵を傷つけないばかりか、かえって私たち自身が、日夜、地獄の苦しみを味わうことになる。
P205、幸福を発見したいと願うなら、感謝とか恩知らずなどと考えずに、与えるという内面の喜びのために与えるべきである。
P216、あらゆる出来事のもっとも良い面に目を向ける習慣は、年間一千ポンドの所得よりも価値がある。
P235、人生でもっとも大切なことは利益を活用することではない。それならバカにだってできる。真に重要なことは損失から利益を生み出すことだ。
P257、店へはいったときに、どんな人と顔を合わせても、私のほうから何か愛想のいい言葉をかけることにしている。機械の中の一個の歯車としてではなく、彼らをひとりの人間と見て話しかけるようにするのだ。
P259、バラを献じたる手に余香あり
P285、祈りは人間が生み出しうるもっとも強力なエネルギーである。
P310、われわれの敵の意見は、われわれに関する限り、自分自身の意見よりも真実に近い。
P318、腰を下ろせるときには決して立っていない。横になれるときには決して腰を下ろしていない。
P331、悩みを軽減するための最良の方法は、「だれか信頼できる人に悩みを打ち明けること」

2011年11月19日土曜日

番外編:映画、『悪人』を観て




先日テレビでやっていたのを撮っておいた映画『悪人』を観た。

感想は、誰かは誰かにとって悪人なのか、ということ。
もちろん、他の誰かにとっては悪人ではないこともある。
あ~、自分も誰かにとって悪人かも。
原作を読んでいないので、作者のテーマの全てはわからない。
あとで、DVDのレビューでみんなの感想をみてみよう。

ある人が、悪人か善人かどうかって決められない。相手が悪人とか善人に思えても、それは一方向だけからその人をみているからなのかもしれない。

『悪人』は、多面的な視点で作られた作品だと思う。原作をじっくり読んでみたい。
映画も、演出やキャストの演技に引き込まれて、そして人間を考えさせられる、いい作品でした。

11月に入って、ちょっとのんびりしています。10月に中小企業診断士の試験が終わって、今年の試験は終了しました。先日、社会保険労務士の結果発表があり、今年はダメでした。来月には診断士の発表もあるので、こっちは受かっててほしいけれど、難易度高いです。こっちも、資格勉強継続かな~。

ということで、最近は、社労士の勉強を再スタートさせたり、読書したり、ジョギングしたり、ボランティアしたり、妻と親しんだり、仕事したりと、なんだかんだで元気でいさせてもらってます。

2011年11月17日木曜日

社会学の名著30 (その他)




(書籍カテゴリー:その他)

社会学の名著30
竹内 洋 著
ちくま新書 2008年
社会は、人間の集まりでありながら、個々の人間が持たないような特徴やルールを持っています。そして、社会を構成する人間を縛ります。社会には、世界や国家、地域だけでなく、会社組織や家庭も含まれます。それらの特徴やルールを知ろうとするのが社会学なのでしょう。

私個人は、社会について非常に無知であると思います。知っているのは自分自身と身近な人たちについてと、育った家庭、結婚して築いた家庭、いくつかの会社等に関する一部だけです。社会学を学ぶことで、身近な社会についての理解を深めることができるでしょう。社会学を学ぶことなく、経験だけで社会を知ろうとするなら、理解できる程度はしれているだろうと思います。人生において充実した時間を増やすためには、社会学を学び、経験で実証するといった方法が必要でしょう。

本書では社会学の名著30冊を著者のエピソードを交えながら紹介しています。著者のエピソードはわかりやすいので、原書がどういう内容かも、イメージがつかみやすいです。また、ここ百数十年の社会学の歴史を知ることもできます。今でも通用することが百数十年前には発表されていたようです。著者を信じるならば、30冊の中にハズレはないはずです。図書館や本屋にある本からフィーリングで選ぶのならば、この30冊からフィーリングで選んでみてはどうでしょうか。この30冊から、読んでみようという原書に出会えれば、この書籍の数百円という価格以上の価値があるのではないでしょうか。当レビュー達も、本書のように、人間活性化の名著30冊をピックアップしたまとめにしたいものです。

読んでみようかと思った本
ピーター・バーガー、社会学への招待
ピエール・ブルデュー、ディスタンクシオン(文化資本)
イヴァン・イリッチ、脱学校の社会
上野千鶴子、家父長制と資本制
アーリー・ホックシールド、管理される心
ロバート・D・パットナム、孤独なボウリング
中山茂、歴史としての学問
印象に残った文章
P21、人生本来戯れと知りながら、この一場の戯れを戯れとしないでまじめに勤めていくことが大切である。・福沢諭吉
P56、人は「生まれながらに」できるだけ多くの貨幣を得ようと願うものではなくて、むしろ簡素に生活する、つまり、習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手に入れることだけを願うにすぎない・マックス・ウェーバー
P143、作田啓一、「恥」は所属集団を準拠にしての優劣感情(公恥)によるものだが、「羞恥」は、所属集団をこえた準拠集団などの視点から生じる恥じらい感情(私恥)である。
P190、ひと昔まえは、校長や教頭が男で、女性はすべてヒラ教員という教員構成がなされていた。顕在カリキュラムが男女平等をうたい、男子生徒と女子生徒を平等に処遇しても、教員序列の男女の差異が隠れたカリキュラムとなり、男性は管理職になるもので、女性はなれないということを暗黙のうちに、だからこそ強く学習してしまう。

P198、上野千鶴子、解放の思想は解放の理論を必要とする。誰が、何から、いかに解放されたいのかを知らなければ、現状に対する不満や怒りのエネルギーは、方向を見失う。

P213、堪忍とは分に安んじ、あくまで辛抱し、屈辱にも堪え忍ぶこと

P217、表層演技は感情と演技にすきまが生じるから「感情的不協和」になりやすいが、深層演技は両者のすきまをなくした心の総動員であるから感情的不協和を解消する。

2011年11月12日土曜日

ピープル・スキル (18/100)




18冊目は、
ピープル・スキル
人と“うまくやる”3つの技術
ロバート・ボルトン 著 米谷敬一 訳
宝島社 2010年
です。

読書会に参加したときに、ご紹介いただいた本です。本書は、対人関係を円滑にするコミュニケーション技術について書かれています。具体的な内容は、
・傾聴方法
・自己主張方法
・対立解消方法
です。
読んだ後の感想は、「コミュニケーションはきちんと身につけよう」というものでした。コミュニケーション技術の不足により、無用のトラブルを発生させ、無駄にエネルギーを使ってしまっていると認識しました。
コミュニケーションがうまくいけば、相手も自分も活気付き、今までにないアイディアが生まれたり、行動に移すことができたりするのではないでしょうか。人が二人集まって、1+1≧2となるためには、良好なコミュニケーションが必要だと思います。

私は、本書を読む前は、それらの方法はだいたい使えると感じていました。だいたい使えるがために、きちんと学んだことはありませんでした。本書の内容で、個人的には、自己主張方法が非常に参考になりました。具体的に一つ紹介しますと、自己主張する際には、相手の行動により自身が困っている内容だけを伝えることが良いそうです。相手の行動を「○○に変えてほしい」と、どのように変えるべきかまでを口にしてしまうと、かえってうまくいくことは少ないのだそうです。どのように変えるべきかは、相手が決めることであり、たいていの場合、こちらが行動を指示しなくとも、うまくいくのだそうです。
私は自己主張の際に、ついつい、○○に変えてほしい、と多く言い過ぎていると思います。対人関係を悪くしてしまうクセだと気づきました。
この本を読んだことで、対人関係における、自分のよくないクセにいくつか気づきました。
ただ、コミュニケーションセミナーに参加して治していくお金はなく、逆に時間はあるので、本書の読者で集まり、練習会ができればなと考えています。
世間には、私のように、「コミュニケーションはだいたいできるけれど、不完全なところもいくつか残っている」という方が大半なのではないでしょうか。

不完全なコミュニケーションスキルにより、
・相手の話をちゃんと聴けない。
・自分の主張が通らない。
・二つの対立するように見える主張の解決策が見出だせない。
・相手を支配しようとする。(相手に服従しようとする。)
・妥協する。
等のトラブルの種を生み出していると思います。

コミュニケーションは組織(人の集まり)における潤滑油のようなものだと思います。たとえ、メンバーがよい志を持っていたり、よいことをしようとしていたりしても、潤滑油がなければ、組織の各所はきしみ、スムーズに動かず、壊れることもあるでしょう。そういった不完全なコミュニケーションスキルのために、家庭・職場・友人関係・趣味のサークル等の組織の中で無用のトラブルがいくつも生じていると思います。そして組織や個人の活力が低下していると思います。組織のメンバーが本書レベルのコミュニケーションスキルを身につけていれば、組織や個人の活力が無駄に下がることは、かなり減ると思います。

また、自分自身で考えてみると、対人関係で悩むことは多く、悩みにより不活性となることも多いです。対人関係のトラブルが減ると、自分が活性化している時間は増えると思われます。

最終章には、コミュニケーションに不可欠な三つの性質として、誠実さ、無私の愛、共感が挙げられています。これらはスキルで向上するものでなく、個人の人間力とでもいうべき、基礎力だと思います。
この本はコミュニケーションスキルを向上させるための本です。ただし、“コミュニケーション”にはスキルだけでなく、人間力も必要となります。スキルと人間力の両方を高める努力が必要です。

気に入ったフレーズ
P53、言葉を話せればコミュニケーションができると思うのはまちがいだ。
P59、当事者のどちらかがストレスを感じているときは、何であれコミュニケーションを妨げるリスクのある言動や態度は禁物。
P85、聴き上手になるような教育を受けた者はほとんどいない。
P126、「個性は感情の中にある」ので、相手の本当の感情に気づかなければ、相手の独自性を見逃すことになる。
P147、何よりも伝えたいと思う経験は、言葉や文章でうまく表現できない場合が多い。
P208、その人のためにどれだけの時間をどういうふうに使うかが友情や愛情の証になる。
P265、他人の人間性を侵せば、自分の人間性も損なわれる。
P488、いったん、ほんとうのものになってしまえば、もう、みっともないなどということは、どうでもよくなるのだ。そういうことがわからないものたちには、みっともなく見えてもね。
P491、隣人を愛するとは、隣人に愛情を抱くのではなく、隣人の幸せを希求することだ。

2011年11月3日木曜日

福島の原発事故をめぐって (その他)




(書籍カテゴリー:その他)

福島の原発事故をめぐって
‐いくつか学び考えたこと
山本義隆 著
みすず書房 2011年

この本は、たまたま本屋で見つけて、タイトルと1000円という価格で衝動的に買ってしまった本です。1000円という価格は、著者が多くの人に読んでもらいたいという気持ちの表れではないかと感じました。この本では、物理学に詳しい著者が、過去の日本の原発に関する情報(歴史)をまとめてくれています。

この本からは、歴史を学ぶことの重要性を学びました。その気づきにより、人間を考える時、歴史から考えることも重要だと考えるようになりました。

先日、ある試験を受けました。複数ある科目の一つで、日本の人事労務制度の歴史を問われました。しかし、試験用のテキストには歴史のことは全く載っておらず、私もテキスト以外で歴史のことを意識して学んだことがありませんでした。試験直後は、なぜそんな問題が出るのかと恨み言を言っていましたが、この本を読んでから考えると、過去の人事労務制度の失敗があって、今の人事労務制度があるわけですから、同じ失敗を繰り返さないためにも、過去の歴史を知ることは重要です。また、いくつかの変遷があって、今があるわけですから、現在の人事労務制度を考えるには、今の状態を見るだけでなく、過去からのありかたを見ることで、さらに深い視点で見ることができると思うのです。

例えば、この本の第一章「日本における原発開発の深層底流」の中では、当時、原子力発電と軍事的利用の政治的意図があったと述べています。本書の中で紹介されている当時の岸信介首相の発言などを読むと、その意図があったことを信じるに足ると思います。事故直後の放射能汚染のニュースを読んでいると、安全性と経済への影響だけが気になりました。安全性と経済への影響なら、原発がなくても規模を縮小すれば日本はやっていけると思います。しかし、軍事的な要素が含まれていることを知ると、原発の必要性も感じるようになりました。ただ、私は原発必要派になったわけではなく、日本にとって原発が必要な理由の一つを知った、ということに過ぎません。原発があることで、もしも、他国から原発に対してミサイルを打ち込まれれば、放射能被害があるわけですし、原発そのものの事故も今後も起こりうるでしょう。

歴史の話に戻りますが、学生時代も歴史は勉強しましたが、それは、今とは断絶のある時代のことだと感じていました。ただ本書を読んで、過去の上に今があることを認識しました。本当は、日本史や世界史の教科書のできごとも、今と繋がっているのでしょう。しかし、今と繋げて考えることができませんでした。リアリティがなかったのです。今回の原発事故により、歴史と今のつながりを感じたことで、歴史を学ぶことの重要性、歴史と今の繋がりを知ることの重要性を知りました。歴史を知ることで、目の前の今の出来事をより深く、より多面的に見ることができるようになり、深い理解に繋がります。

これからも、過去の人間活性化への取り組みを知ることがあるでしょうが、想像力をはたらかせ、過去の取り組みが今にどんな風に活かされているのかを考えていきたいと思います。

ちなみに、本書では、原発の歴史の他に、原発の危険性や不完全性、アメリカの原発の歴史、原発利権等についても書かれており、一般には報道されることの少ない、日本の原発についての知見も得ることができます。(というか、こちらが本書のテーマです。)