2011年11月29日火曜日

「平穏死」のすすめ (20/100)




20冊目は、
「平穏死」のすすめ
石飛幸三 著
講談社
です。

私は中小企業診断士の資格勉強をしています。中小企業診断士は通称“企業のかかりつけ医”と呼ばれることがあります。通称に“医”とついていますが、実際の医者というのは大変な仕事です。命と向き合っています。本書の著者は医師ですが、十字架を何本か背負っていると述べています。半端な覚悟で、医者を名乗ることはできないと思います。
私は現在、一サラリーマンです。日常の仕事において命と向き合っている感覚はありません。サラリーマンと“かかりつけ医”には技術だけでなく、仕事への覚悟においても高い壁があると感じます。
本書では、医師である著者の仕事への覚悟も書かれていて、私の中の資格勉強への考え方をより高いものへと引き上げてくれました。
人間活性化の観点から本書をみると、医師がロールモデルになりうると感じた私自身の活性化につながりました。私以外にも、コンサルティングを志す人にとっては、医師は一種の目標像になりうるのではないでしょうか。


本書は、特別養護老人ホーム(以下、「ホーム」)における「平穏死」を広く世の中に提案している本です。そして、「平穏死」を妨げている種々の事柄にもふれています。

「平穏死」とは、認知症が進み、ものをのみ込むことさえできなくなった高齢者が、静かに亡くなっていくことをさすようです。
言葉だけを聞くと、普通のことのようですが、今の日本では、実現するのは大変とのことです。

実状は、「平穏死」から遠いところにあり、約6割の人がホームで死ぬことを望んでいても、現実は8割の人が病院で息を引き取ることになっています。
その流れは簡単には、以下のようなものです。
認知症のすすんだ高齢者は、食べ物を飲み込む機能が低下し、誤嚥(ごえん)により肺炎を起こしやすくなります。
そこで、経鼻胃管(けいびいかん・鼻の孔から胃に管を通して栄養をとる手段)や、胃瘻(いろう・腹から胃に孔を開け、管により栄養をとる手段)を医者から勧められます。
処置をすれば生きている時間は長くなるため、多くの方が処置を受けます。
しかし、それでも胃の内容物が逆流するなどで肺炎は発生し、点滴を原因とする心筋梗塞等も発生しやすくなります。
体調を崩し、病院に運ばれて息を引き取ります。

著者は経鼻胃管や胃瘻により、高齢者の苦しみは増えていると訴えます。
ホームにおける医療の目的は、安らかな死を迎えられるようにすることであり、安易に生命を維持することは、この目的の達成にそぐわないといいます。

著者は食事がとれなくなった時点で寿命であると考えています。食事がとれなくなった高齢者に対して、家族の同意の上で、水だけを与える処置により、実際に何人かの看取りを行っています。結果、高齢者も苦しみが少なく、終のすみかであるホームで最後を迎えることができると書いています。

この議論には、様々な論点があり、著者と異なる意見をもつ医師もいるようです。
認知症で意思表示ができない高齢者の家族も延命処置をするかしないかで、とても迷うようです。苦しんだとしても生きていた方がいいのか、もう寿命だとみなすのか。
私も、もしその立場になれば、とても迷うでしょう。どちらがいいかという、答えなどないのでしょう。

本書を読んだ感想として、生と死の現場には感謝の心があると感じました。
生や死には、知識や技術だけで対応することはできず、“心”も使います。
医師と患者・家族との心と心が触れ合う時、感謝というものも生じるのだと思います。
心を使うことは大変ですが、感謝という得るものもあります。自分自身の日常で、どれだけの心を使っているかを振り返れば、自身が得ている感謝の少なさにも納得がいくような気がします。

また、最後に付け加えますが、社会の仕組み上、医療やホームの現場に死が集まりすぎ、現場で働く人の心は大変消耗しているのだろうとも思います。そんな心の消耗を犠牲にして、現代社会は成立しているのでしょう。現場で働く方の心理ケアは、社会で負担してもよいのではないでしょうか。

印象に残ったことばを引用します。
P26、そもそも九十歳前後の超高齢の方の基礎代謝は正確には判っていません。必要なカロリーはいくらかも判っていません。老衰した体にとっては、必要なカロリーという考え方自体が適切でないのかもしれません。体はもう生存することをやめようとしているのです。

P83、多くの医師は、自然死の姿がどのようなものか知る機会がありません。

P100、特別養護老人ホームの制度が固まった際、日本医師会と厚生省(当時)との間で、ホームの配置医には保険診療ができないことが決められたそうですが、その経緯は明らかではありません。

P105、特養の役目は、キュアよりケア

P108、穏やかな最期を迎えたい、これは人間にとっては最も基本的な欲求です。しかし、日本の特別養護老人ホームは、個人の意志が尊重された、自然な、人生の終焉を迎える施設として、その目的を完結できるシステムになっていないのです。

P173、核家族化した超高齢化社会において、認知症の親を、夫を、妻を個人で介護することはほとんど不可能です。特別養護老人ホームは現代の駆け込み寺です。
P192、そもそも医者とか教師とかは人のために尽くす使命を帯びていたはず。そう開き直っていつでもどこでも連絡に応じて、必要な対処をしました。

2011年11月21日月曜日

「道は開ける」(19/100)




19冊目は、
道は開ける(新装版)
D・カーネギー 著
創元社
です。

原題は、
How to stop worrying and start living
(悩むのを止める方法と、人生を歩き出す方法)
です。原題の方が本書の内容を忠実に表していると思います。

人間は悩みます。いろいろことで悩みます。悩むことにも意味はあります。悩みは無意識のシグナルだと思います。悩みと向き合い克服することができれば、生活はさらに充実し、成長することができるでしょう。

しかし、悩みにとらわれてしまうと大変危険です。悩むと体調や人間関係等に様々な悪影響が出てきます。本書を読むとそれがよくわかります。

また、悩みにも大小ありますが、深刻な悩みもささいな悩みも危険です。本書の事例に、嵐にも倒れない大木が、小さなカブトムシにあちこちをくわれて倒れるというものがあります。
数でみれば、日常の悩みの多くはカブトムシのような小さなものです。しかし、それらの小さな悩みも確実に生命力を蝕んでくるのです。

本書には、大小様々な悩みに苦しむ人がそこからどう立ち直ったかが、多く紹介されています。
私は、先日、資格試験を失敗して、また一年間(以上?)、同様の生活を続けるのかと落ち込んでいました。そんな時、本棚から本書を出して読みなおしてみました。私よりも悩んでいる人が悩みから解放されている事例をいくつも読んで、また、本書の中のアドバイスを読んで、自分の悩みを少しは客観的に見れるようになり、対処法が考えられるようになりました。

本書では、悩むのを止めるための知恵がいくつも紹介されています。

一日一日を生きること、過去と未来に悩まないこと
楽観的に生きること
忙しくしていること
自分らしくふるまうこと
レモンを手に入れたらレモネードを作ること(不快なものからいいものを作る例え)
他人に興味を持つことによって自分自身を忘れること
祈り、感謝すること
疲労を予防すること

悩みの数は、人の数だけあると思います。それらの全てが本書で解決できるわけではありません。しかし、本書を読むことで、悩みの危険性と、悩みを解消する方法の基本やエッセンスを知ることはできます。

よい志や理想だけをみるのではなく、目の前の悩みにも適切に対処する(無視するという対処法も含めて)ことが、イキイキと充実感をもって生きていくためには大切だと思います。悩みにとらわれていては、活性化はないと思います。

日本人の悩みには、加藤諦三氏(心の休ませ方)や、斎藤茂太氏の著作も、よいヒントになるかと思います。


印象に残ったことば
P17、私たちの欠点は、無知ではなくて無為なのである。
P29、明日のことは配慮すべきである。細心の注意を払って計画し準備すべきである。だが心配するには及ばない。
P47、数えきれないほどの人々が怒りと混乱のために自分の人生を台なしにしてしまったが、もとはといえば最悪の事態を受け入れようとしなかったからである。
P68、悩みに対する戦略を知らないものは若死にする。
P105、みじめな気持ちになる秘訣は、自分が幸福であるか否かについて考える暇を持つことだ。
P116、小事にこだわるには人生はあまりにも短い。
P141、もはや動かしがたい事態に対して潔く従われんことを。
P177、政治的な勝利、地代の値上げ、病気の全快、長い間留守にしていた友人の帰還、このほか種々の外部的な事象は人間の精神を高揚させ、幸せな日々が到来するような予感を抱かせる。これを信じてはならない。そんなことは決してない。自分に平和をもたらすのは、ほかならぬ自分自身なのだ。
P178、人間は起こることよりも、起こることをどう評価するかによってひどく傷つくのだ。
P179、快活さを失ったとき、他人に頼らず自発的に快活さを取りもどす秘訣は、いかにも楽しそうなようすで動きまわったり、しゃべったりしながら、すでに快活さを取りもどしたようにふるまうことである。
P187、私たちが敵に憎しみを感じると、むしろ自分自身が敵に支配されることになる。私たちの憎悪は少しも敵を傷つけないばかりか、かえって私たち自身が、日夜、地獄の苦しみを味わうことになる。
P205、幸福を発見したいと願うなら、感謝とか恩知らずなどと考えずに、与えるという内面の喜びのために与えるべきである。
P216、あらゆる出来事のもっとも良い面に目を向ける習慣は、年間一千ポンドの所得よりも価値がある。
P235、人生でもっとも大切なことは利益を活用することではない。それならバカにだってできる。真に重要なことは損失から利益を生み出すことだ。
P257、店へはいったときに、どんな人と顔を合わせても、私のほうから何か愛想のいい言葉をかけることにしている。機械の中の一個の歯車としてではなく、彼らをひとりの人間と見て話しかけるようにするのだ。
P259、バラを献じたる手に余香あり
P285、祈りは人間が生み出しうるもっとも強力なエネルギーである。
P310、われわれの敵の意見は、われわれに関する限り、自分自身の意見よりも真実に近い。
P318、腰を下ろせるときには決して立っていない。横になれるときには決して腰を下ろしていない。
P331、悩みを軽減するための最良の方法は、「だれか信頼できる人に悩みを打ち明けること」

2011年11月19日土曜日

番外編:映画、『悪人』を観て




先日テレビでやっていたのを撮っておいた映画『悪人』を観た。

感想は、誰かは誰かにとって悪人なのか、ということ。
もちろん、他の誰かにとっては悪人ではないこともある。
あ~、自分も誰かにとって悪人かも。
原作を読んでいないので、作者のテーマの全てはわからない。
あとで、DVDのレビューでみんなの感想をみてみよう。

ある人が、悪人か善人かどうかって決められない。相手が悪人とか善人に思えても、それは一方向だけからその人をみているからなのかもしれない。

『悪人』は、多面的な視点で作られた作品だと思う。原作をじっくり読んでみたい。
映画も、演出やキャストの演技に引き込まれて、そして人間を考えさせられる、いい作品でした。

11月に入って、ちょっとのんびりしています。10月に中小企業診断士の試験が終わって、今年の試験は終了しました。先日、社会保険労務士の結果発表があり、今年はダメでした。来月には診断士の発表もあるので、こっちは受かっててほしいけれど、難易度高いです。こっちも、資格勉強継続かな~。

ということで、最近は、社労士の勉強を再スタートさせたり、読書したり、ジョギングしたり、ボランティアしたり、妻と親しんだり、仕事したりと、なんだかんだで元気でいさせてもらってます。

2011年11月17日木曜日

社会学の名著30 (その他)




(書籍カテゴリー:その他)

社会学の名著30
竹内 洋 著
ちくま新書 2008年
社会は、人間の集まりでありながら、個々の人間が持たないような特徴やルールを持っています。そして、社会を構成する人間を縛ります。社会には、世界や国家、地域だけでなく、会社組織や家庭も含まれます。それらの特徴やルールを知ろうとするのが社会学なのでしょう。

私個人は、社会について非常に無知であると思います。知っているのは自分自身と身近な人たちについてと、育った家庭、結婚して築いた家庭、いくつかの会社等に関する一部だけです。社会学を学ぶことで、身近な社会についての理解を深めることができるでしょう。社会学を学ぶことなく、経験だけで社会を知ろうとするなら、理解できる程度はしれているだろうと思います。人生において充実した時間を増やすためには、社会学を学び、経験で実証するといった方法が必要でしょう。

本書では社会学の名著30冊を著者のエピソードを交えながら紹介しています。著者のエピソードはわかりやすいので、原書がどういう内容かも、イメージがつかみやすいです。また、ここ百数十年の社会学の歴史を知ることもできます。今でも通用することが百数十年前には発表されていたようです。著者を信じるならば、30冊の中にハズレはないはずです。図書館や本屋にある本からフィーリングで選ぶのならば、この30冊からフィーリングで選んでみてはどうでしょうか。この30冊から、読んでみようという原書に出会えれば、この書籍の数百円という価格以上の価値があるのではないでしょうか。当レビュー達も、本書のように、人間活性化の名著30冊をピックアップしたまとめにしたいものです。

読んでみようかと思った本
ピーター・バーガー、社会学への招待
ピエール・ブルデュー、ディスタンクシオン(文化資本)
イヴァン・イリッチ、脱学校の社会
上野千鶴子、家父長制と資本制
アーリー・ホックシールド、管理される心
ロバート・D・パットナム、孤独なボウリング
中山茂、歴史としての学問
印象に残った文章
P21、人生本来戯れと知りながら、この一場の戯れを戯れとしないでまじめに勤めていくことが大切である。・福沢諭吉
P56、人は「生まれながらに」できるだけ多くの貨幣を得ようと願うものではなくて、むしろ簡素に生活する、つまり、習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手に入れることだけを願うにすぎない・マックス・ウェーバー
P143、作田啓一、「恥」は所属集団を準拠にしての優劣感情(公恥)によるものだが、「羞恥」は、所属集団をこえた準拠集団などの視点から生じる恥じらい感情(私恥)である。
P190、ひと昔まえは、校長や教頭が男で、女性はすべてヒラ教員という教員構成がなされていた。顕在カリキュラムが男女平等をうたい、男子生徒と女子生徒を平等に処遇しても、教員序列の男女の差異が隠れたカリキュラムとなり、男性は管理職になるもので、女性はなれないということを暗黙のうちに、だからこそ強く学習してしまう。

P198、上野千鶴子、解放の思想は解放の理論を必要とする。誰が、何から、いかに解放されたいのかを知らなければ、現状に対する不満や怒りのエネルギーは、方向を見失う。

P213、堪忍とは分に安んじ、あくまで辛抱し、屈辱にも堪え忍ぶこと

P217、表層演技は感情と演技にすきまが生じるから「感情的不協和」になりやすいが、深層演技は両者のすきまをなくした心の総動員であるから感情的不協和を解消する。

2011年11月12日土曜日

ピープル・スキル (18/100)




18冊目は、
ピープル・スキル
人と“うまくやる”3つの技術
ロバート・ボルトン 著 米谷敬一 訳
宝島社 2010年
です。

読書会に参加したときに、ご紹介いただいた本です。本書は、対人関係を円滑にするコミュニケーション技術について書かれています。具体的な内容は、
・傾聴方法
・自己主張方法
・対立解消方法
です。
読んだ後の感想は、「コミュニケーションはきちんと身につけよう」というものでした。コミュニケーション技術の不足により、無用のトラブルを発生させ、無駄にエネルギーを使ってしまっていると認識しました。
コミュニケーションがうまくいけば、相手も自分も活気付き、今までにないアイディアが生まれたり、行動に移すことができたりするのではないでしょうか。人が二人集まって、1+1≧2となるためには、良好なコミュニケーションが必要だと思います。

私は、本書を読む前は、それらの方法はだいたい使えると感じていました。だいたい使えるがために、きちんと学んだことはありませんでした。本書の内容で、個人的には、自己主張方法が非常に参考になりました。具体的に一つ紹介しますと、自己主張する際には、相手の行動により自身が困っている内容だけを伝えることが良いそうです。相手の行動を「○○に変えてほしい」と、どのように変えるべきかまでを口にしてしまうと、かえってうまくいくことは少ないのだそうです。どのように変えるべきかは、相手が決めることであり、たいていの場合、こちらが行動を指示しなくとも、うまくいくのだそうです。
私は自己主張の際に、ついつい、○○に変えてほしい、と多く言い過ぎていると思います。対人関係を悪くしてしまうクセだと気づきました。
この本を読んだことで、対人関係における、自分のよくないクセにいくつか気づきました。
ただ、コミュニケーションセミナーに参加して治していくお金はなく、逆に時間はあるので、本書の読者で集まり、練習会ができればなと考えています。
世間には、私のように、「コミュニケーションはだいたいできるけれど、不完全なところもいくつか残っている」という方が大半なのではないでしょうか。

不完全なコミュニケーションスキルにより、
・相手の話をちゃんと聴けない。
・自分の主張が通らない。
・二つの対立するように見える主張の解決策が見出だせない。
・相手を支配しようとする。(相手に服従しようとする。)
・妥協する。
等のトラブルの種を生み出していると思います。

コミュニケーションは組織(人の集まり)における潤滑油のようなものだと思います。たとえ、メンバーがよい志を持っていたり、よいことをしようとしていたりしても、潤滑油がなければ、組織の各所はきしみ、スムーズに動かず、壊れることもあるでしょう。そういった不完全なコミュニケーションスキルのために、家庭・職場・友人関係・趣味のサークル等の組織の中で無用のトラブルがいくつも生じていると思います。そして組織や個人の活力が低下していると思います。組織のメンバーが本書レベルのコミュニケーションスキルを身につけていれば、組織や個人の活力が無駄に下がることは、かなり減ると思います。

また、自分自身で考えてみると、対人関係で悩むことは多く、悩みにより不活性となることも多いです。対人関係のトラブルが減ると、自分が活性化している時間は増えると思われます。

最終章には、コミュニケーションに不可欠な三つの性質として、誠実さ、無私の愛、共感が挙げられています。これらはスキルで向上するものでなく、個人の人間力とでもいうべき、基礎力だと思います。
この本はコミュニケーションスキルを向上させるための本です。ただし、“コミュニケーション”にはスキルだけでなく、人間力も必要となります。スキルと人間力の両方を高める努力が必要です。

気に入ったフレーズ
P53、言葉を話せればコミュニケーションができると思うのはまちがいだ。
P59、当事者のどちらかがストレスを感じているときは、何であれコミュニケーションを妨げるリスクのある言動や態度は禁物。
P85、聴き上手になるような教育を受けた者はほとんどいない。
P126、「個性は感情の中にある」ので、相手の本当の感情に気づかなければ、相手の独自性を見逃すことになる。
P147、何よりも伝えたいと思う経験は、言葉や文章でうまく表現できない場合が多い。
P208、その人のためにどれだけの時間をどういうふうに使うかが友情や愛情の証になる。
P265、他人の人間性を侵せば、自分の人間性も損なわれる。
P488、いったん、ほんとうのものになってしまえば、もう、みっともないなどということは、どうでもよくなるのだ。そういうことがわからないものたちには、みっともなく見えてもね。
P491、隣人を愛するとは、隣人に愛情を抱くのではなく、隣人の幸せを希求することだ。

2011年11月3日木曜日

福島の原発事故をめぐって (その他)




(書籍カテゴリー:その他)

福島の原発事故をめぐって
‐いくつか学び考えたこと
山本義隆 著
みすず書房 2011年

この本は、たまたま本屋で見つけて、タイトルと1000円という価格で衝動的に買ってしまった本です。1000円という価格は、著者が多くの人に読んでもらいたいという気持ちの表れではないかと感じました。この本では、物理学に詳しい著者が、過去の日本の原発に関する情報(歴史)をまとめてくれています。

この本からは、歴史を学ぶことの重要性を学びました。その気づきにより、人間を考える時、歴史から考えることも重要だと考えるようになりました。

先日、ある試験を受けました。複数ある科目の一つで、日本の人事労務制度の歴史を問われました。しかし、試験用のテキストには歴史のことは全く載っておらず、私もテキスト以外で歴史のことを意識して学んだことがありませんでした。試験直後は、なぜそんな問題が出るのかと恨み言を言っていましたが、この本を読んでから考えると、過去の人事労務制度の失敗があって、今の人事労務制度があるわけですから、同じ失敗を繰り返さないためにも、過去の歴史を知ることは重要です。また、いくつかの変遷があって、今があるわけですから、現在の人事労務制度を考えるには、今の状態を見るだけでなく、過去からのありかたを見ることで、さらに深い視点で見ることができると思うのです。

例えば、この本の第一章「日本における原発開発の深層底流」の中では、当時、原子力発電と軍事的利用の政治的意図があったと述べています。本書の中で紹介されている当時の岸信介首相の発言などを読むと、その意図があったことを信じるに足ると思います。事故直後の放射能汚染のニュースを読んでいると、安全性と経済への影響だけが気になりました。安全性と経済への影響なら、原発がなくても規模を縮小すれば日本はやっていけると思います。しかし、軍事的な要素が含まれていることを知ると、原発の必要性も感じるようになりました。ただ、私は原発必要派になったわけではなく、日本にとって原発が必要な理由の一つを知った、ということに過ぎません。原発があることで、もしも、他国から原発に対してミサイルを打ち込まれれば、放射能被害があるわけですし、原発そのものの事故も今後も起こりうるでしょう。

歴史の話に戻りますが、学生時代も歴史は勉強しましたが、それは、今とは断絶のある時代のことだと感じていました。ただ本書を読んで、過去の上に今があることを認識しました。本当は、日本史や世界史の教科書のできごとも、今と繋がっているのでしょう。しかし、今と繋げて考えることができませんでした。リアリティがなかったのです。今回の原発事故により、歴史と今のつながりを感じたことで、歴史を学ぶことの重要性、歴史と今の繋がりを知ることの重要性を知りました。歴史を知ることで、目の前の今の出来事をより深く、より多面的に見ることができるようになり、深い理解に繋がります。

これからも、過去の人間活性化への取り組みを知ることがあるでしょうが、想像力をはたらかせ、過去の取り組みが今にどんな風に活かされているのかを考えていきたいと思います。

ちなみに、本書では、原発の歴史の他に、原発の危険性や不完全性、アメリカの原発の歴史、原発利権等についても書かれており、一般には報道されることの少ない、日本の原発についての知見も得ることができます。(というか、こちらが本書のテーマです。)

2011年7月3日日曜日

自分を立てなおす対話 (17/100)




17冊目は、
自分を立てなおす対話
加藤 雅則 著
日本経済新聞出版社
です。

組織など人が関わる問題には理不尽な問題があります。理不尽な問題、対処できない問題に出会うと、怒り、哀しみ、あきらめ感などが湧き上がってきます。そんな問題にとらわれてしまうと、堂々巡りになったり自分を責めたり、精神が疲れたりで、組織に居続けることができなくなることがあります。私にも、組織の中で経験した理不尽な問題はいくつもあります。そんな問題をうまく解決できず、不活性になってしまった経験もあります。そういった問題は人間活性化の妨げとなります。

本書の目的は、そんな人たちが、組織の中でやり直して働き続けることができるようになることです。

著者は、組織には解決策が実行できない問題があるといいます。私は、社会人としてまだ6年間ほどの経験しかありませんが、解決できなかった問題はいくつもありました。また、本書にもそういった事例紹介があり、そういう問題があることは納得できます。

そして著者は、問題には解決するだけでなく、問題を解消する、というアプローチもあるというのです。
【問題=事実×捉え方】
と考えれば、捉え方が変われば、結果として問題が変わります。そして、捉え方を変えるには、対話が有効だと著者はいいます。対話を通して、事実の捉え方がかわり、結果として今まで理不尽な問題だったものが、対処可能な問題へと変わります。本書の知恵を活かして、組織の中でやり直し、問題を改善できるチャンスを待つ、一歩ずつ前進する、それこそが、著者が理想としていることではないかな、と思います。

また、著者は、仕事の問題は社内の同じ問題を抱えているような人たちと対話するのがいい、といいます。もし、社内に話す相手がいなければ、社外でも可です。わが身を振り返ってみると、自分自身も対話が必要だと感じます。対話できる場を見つけたいと思います。

本書の中で著者は、「なんとか会社の中で、それほどのトレーニングをしなくても、当事者同士で、コーチング的な対話ができないか?」と考えた、と述べています。著者の考えは、よい社会のために必要な考えだと思います。今の時代、コーチング的な対話は、精神衛生上不可欠なものだと思います。すでに社会的に安定している人がさらに上にいくためのコーチングではなく、生活を安定させるためのコーチングですから、お金がかかるとしてもお米を買うような値段で手に入るべきではないでしょうか。身近に、自分を立てなおすための対話ができる機会があればと思います。

「自分を立てなおす」、ということは、その場から動かないとも言えると思います。その場所に思い入れもなければ、自分を立てなおすという必要もないのかもしれません。問題に捉われてしまって不活性になっているけれど、それでもここを動きたくない、と思えるような場所を持つことがスタートかもしれません。私の場合、人間活性化に関る仕事が理想であり、その場で何度も「自分を立てなおす」ことで、自分の器を大きくする事ができるのだと思います。

本書のあちこちには、著者の人間観が表されており、参考になることも多いです。また、対話のテクニックや、傾聴ボランティア、個人的に実施しているインタビューにも活用できそうなノウハウが数多くありました。レビューでは触れていませんが、対話のステップもわかりやすく書かれており、実践に役立つ一冊となっていると思います。

最後に、印象に残った言葉を引用します。
「(組織の不合理や不条理に対して、やり切れなさや諦め感が生まれるのは)、『人の善意を信じたい』という、人間の根本的な欲求ではないか。」
「対話は、感情エネルギーの交流」
「東洋的な治療アプローチは、原因を取り除くという発想ではなく、痛みの原因にも原因となった理由があり、それを肯定していくことで、自然治癒力が引きだされていく。」
「医療・福祉の分野では、『患者の会』が治療にとても有効とされている。」

2011年5月7日土曜日

番外編:余裕について

先日、食あたりになった。幸い、命に関るようなものではなかったが、完全にダウンしてしまった。今は、元気になったけれど、ダウンした状態から回復すると、「元気」を実感することができた。元気なときは身体の中が「詰まっている」感じがする。

「余裕」ということについて考えてみたい。

【時間】【お金】【元気】などには、余裕や不足という表現がある。
人にとって、余裕は必要だろうか。

余裕には2つの顔があると思う。
一つは、精神安定剤。余裕があることで、あせらずにすむ。
もう一つは、浪費への入り口。余裕があると思うと、無駄遣いしてしまう。

この一ヶ月ほど、ぼくは充実していた。なぜなら、資格勉強に専念し、それが目標どおり進捗していたからだ。試験が近づいてきて、時間に余裕はなかった。また、お金も余裕はなく、パチンコ等のギャンブルにいこうとも思わなかった。お金や時間に余裕がなかったからこそ、すべきこと以外はしなかったために、目標どおりの生活を送ることができ、結果として充実感があった。

お金や時間に余裕があると、その使い道が欲望としてムクムクと沸きあがってきて、すべきことよりもやりたいことに気が向いてしまう。
実際のところ、自分のロードマップを考えると、手をつけていないことは山ほどあり、時間もお金も元気も足りていない。

そういった、まだ、形になっていないものを差し置いて、無駄遣いしようとするのはなぜなのか。
本来であれば、余裕があれば、貯蓄にまわすべきであると思う。貯蓄しておけば、不測の事態にも対応でき、大きな予定変更をしなくて済む。

お金は貯蓄できる。時間も、スケジュールを前倒しにすることで、未来に余裕を作ることができる。元気については、余裕のうまい使い方は、今はわからない。
お金にせよ時間にせよ、将来的には必要になるし、不測の事態のリスクヘッジにもなるのだから、余裕を使い切ってしまうのはおろかな行為だ。

しかし、人間は、余裕があると使いたくなってしまう。余裕を浪費したくなったら、どうすればいいのか。
これは、無意識上で、なにかしらの理由で“余裕の重さ”に耐えられなくなっているのかもしれない。どれだけの“余裕の重さ”に耐えられるか、どれだけの余裕を所持できるかは、人間の器の大きさによるような気がする。
お金をどれだけ蓄えられるか(、どれだけ稼げるかということではない)、時間をどれだけ前倒しにできるか。
貯蓄できない人間は人間が小さいということではない。貯蓄しようと決めた時に、どれだけ貯蓄できるかが、人間の器の大きさだと思う。器の大きさは、自分への甘さ、心の弱さとも言い換え可能だろう。本当は長い目で見たら余裕などないのに、「ちょっとくらい大丈夫だろう」と余裕があると思えてしまうのだから。

とはいえ、いくら自制心をはたらかせても、余裕があると思えて、無駄遣いしたくなることはある。ぼくは、日常茶飯事である。おそらく、ぼくと同じように自制心と無駄遣いの欲望との間で苦しんでいる人はいると思う。

そこで、提案であるが、それならば、その「余裕」のうち、半分だけ使ってみるというのはどうだろうか。そして、残りの半分は予定通り貯蓄にまわす。(時間の場合、半分無駄に使って、半分はすべきことを進める。)
ということで、今日、どうしても勉強以外のことがしたくなったので、勉強の終了予定時間までの半分はいろいろやって、残り半分は勉強した。そうすると、けっこうスッキリ勉強をスタートできた。

半分使うことで、うまくガス抜きしながら、貯蓄を増やす。貯蓄を増やすことは、ひいては、その人の器を大きくすることにもなるだろう。慣れてくれば、ガス抜きに必要な量は半分より少なくなっていくとも思う。

・・・・・・・・・
人に余裕は必要かというと、必要である。
だけれども、余裕があることで、充実した生活に悪影響がある人もいる。
そのため、余裕とうまくつきあう方法を身につけることも合わせて必要であると思われる。
また、今回は考えることができなかったが、休息についてももちろん必要であると思う。

2011年3月23日水曜日

番外編:感情の抑圧と人間の活性化

感情の抑圧と人間の活性化について、経験則で書きました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある感情・欲求が芽生えた時、その感情や欲求が、世間一般には表に出せないことであることがある。表に出せない感情や欲求は、抑圧することになるが、抑圧するのは大変である。

そこで、自分の活性エネルギーというか、生命エネルギー自体を下げれば、全体的にエネルギーが下がり、感情や欲求も抑圧しやすくなり、抑圧の大変さが弱まる。

しかし、エネルギーが低いと、人とのコミュニケーションも円滑でなくなる。心のキャパシティも小さくなる。

今の世の中、欲求をあおる広告が多い。実際に実現できる欲求は増えていないとすると、その分、抑圧された欲求が増えているのではないか。

全体のエネルギーを下げるのではなく、欲求のコントロールが理想的である。

ただし、欲求や感情は行動や環境の結果である。(結果であり、次の行動へのリスタートである)。欲求や感情といった結果だけを変えるのは大変。結果に至るまでの行動や環境といった過程から変えることが現実的な手段であると思われる。

欲求や感情が安定的で、ネガティブや非社会的な感情・欲求を抑圧することが少なく、活性エネルギーや生命エネルギーを高いまま保っている人は、理想的な行動習慣や環境の整備など、それまでに大変な努力をしてきたのではないだろうか。

抑圧的で、エネルギーレベルを下げている時は、自分の行動や環境を見直すきっかけとなるのかもしれない。

2011年3月20日日曜日

番外編:心がすさむということ

2011年3月11日の地震とその後の報道を見ていて、一時、心がすさんでいました。骨粗しょう症のように、心の中がすかすかになってしまって、エネルギーが出てきませんでした。何かを心底楽しむ元気も無く、何かにチャレンジするようなパワーもありません。

おそらく、その原因として、地震の恐怖があったからだと思います。実際に揺れを感じ、その後ずっとテレビで悲惨な現状をみていて、心がぼろぼろに痛んでしまったのだと思います。

今は、だいぶ回復しています。あまりニュースを見ないようにして、十分な睡眠をとりました。幸い大阪は、大きな余震もなく、平和な日常に戻れたからこそ、心も回復できたと思います。

考えてみると、心の一部がすさむことは、日常的に多々あります。
・楽しみにしていた予定が理不尽に、予定変更されたとき。
・人の思いやりを感じないとき。
・人を批判する言葉ばかりを聞いたとき。
・マナーの悪さをみたとき。
・国会で、政策論議ではなく、議員の追及ばかりが行われているのを聞くとき。
・納得できない仕事をしているとき。

おそらく、心の“免疫力”が低いときほど、心はすさみやすいと思います。自分の満足のいく生活ができ、確かな自信のようなものを持っていれば、“免疫力”も高まるかと思います。

すさんだ心の回復には、すごく基本的なことだけれど、ちゃんと温かいごはんを食べて、十分な睡眠をとることが重要だと思います。そして、可能であれば、誰かと一緒にいて、自分への思いやりを感じることがいい薬になると思います。また、心がすさんだ理由を誰かに聞いてもらうのもいいと思います。

だけど、今、日本の多くの人の心はすさんでいて、そして、すさんだままになっているのではないかと思います。これは、今回の地震の前からだと思います。

人は、人といるだけで、元気になれる。
お金はかからない。場所もどこでもいい。
なのに、それが行われない。
近くに人がいたら、その人の存在を認め、その人の言葉に耳を傾ける。
これからの日本人がすべきことは、こういうことなのではないでしょうか。
今、日本人が求めていることは、自分の存在を認めてくれ、自分の言葉に耳を傾けてもらうことを求めているのではないでしょうか。多くの人がすさんだ心をかかえているのではないかと思います。

被害を受けた東日本の人たちは、元気な西日本に期待していると思います。東日本がダメージを受けたからこそ、その分、西日本が元気になって東日本をサポートできればと思います。

「もうこの会社やめたい」と思ったとき読む本 (16/100)




16冊目は、
「もうこの会社やめたい」と思ったとき読む本
古田英明+縄文アソシエイツ 著
大和書房
です。

この本では、転職を考えている人に対して、転職とはどういうものかということを教えてくれます。
この本を読むと、心が楽になります。仕事や転職について、著者のホンネが書かれているからだと思います。人生の先輩から、アドバイスを受けているように思いました。

人間の活性化を考えるとき、仕事は大きな要素です。いきいきと仕事ができれば活性化するでしょうし、いやいや仕事をしていれば活性化できません。
いやいや仕事をしていると、「転職」ということが頭に思い浮かびます。

著者は安易な転職はしない方がいいと言います。
「成功の基本は踏みとどまること」、とまで言います。

つまり、時代の潮流であるような、キャリアアップ志向にのっとり、仕事を転々と変えていくようなことはしない方がよいと述べています。目の前にあることを一生懸命に取り組む事が基本だと述べます。転職は、やるだけのことをやってからすべきだ、ということです。
もちろん、非社会的な事業の会社や、パワハラを受けた場合には、会社に残る必要はないと思います。ただ、そうではなくて、仕事環境が少し悪くなっただけで、転職しようとしているようではいけないと述べているのです。

例えば、営業において“お百度参り”を紹介しています。これは、ビジネスを獲得するために、見込み客の元へ100回訪問しようというものです。100回行っても相手にされなければ、「残念ながら今回の人生ではご縁がなかったんだな」と思える、というのです。
仕事を辞める前に、もう一度徹底的にやってみようと提案しています。

とくに共感した言葉は、「会社を辞めたい理由が多くでてきたら、本心は辞めない方がいいと思っている」、というものです。確かに、本心で辞めない方がよいと思っているからこそ、辞めたい気持ちを正当化するために、辞めたい理由が多く出てくるのでしょう。辞めない方がよいというのは、まだ、その会社においてやり残したことがことがあるということです。
徹底的にやって、本心からこの会社にいるよりも辞めた方がよい、と思えるときは、辞めるかどうか迷うことも無く、選択肢は退社の一つしかなくなります。

そして、転職する際のアドバイスとして、「経営者の志に共感できる会社を選べ」と述べています。「もし、経営トップに会えないときは、その会社を代表している人事部長を見る」と良いのだそうです。人事は会社の重要部門であるから、志ある経営者であれば、人事部長を信頼できる人に任せているはずだからです。高い志をもった経営者の下で働けば、必ず成長できると述べています。

著者の述べていることは、仕事に限ったことでなく、物事を行うときの基本だと思います。安易に辞めて後から後悔してしまうタイプの人は、何かがいやになって辞めたいと思うとき、一度読んでみられてはいかがでしょうか。

チームが絶対うまくいく法(15/100)




15冊目は、
チームが絶対うまくいく法
(原題:How To Make Collaboration Work)
デイヴィッド・ストラウス 著
斎藤聖美 訳
日本経済新聞社
です。

人と人が連携して行動したとき、それがうまく連携できれば、いい成果を生むだけでなく、それぞれの人もモチベーションアップのように精神的な充実感が生まれます。
(著者は連携する事をコラボレーションと表現しています。)

個人と個人との間に注目すれば、コミュニケーションの問題になりますし、集団に注目すれば、チームワークの問題になります。

人は人といることで、元気になります。この効果をなんと呼ぶのか知りません。あまりに基本的すぎて、名前がないのでしょうか。とにかく、コミュニケーションやチームワークの基本スキルを身につけておくだけで、人は人といるだけで元気になるのではないかと思うのです。
逆に、コミュニケーションやチームワークの基本スキルがなければ、人といても元気になれないのかもしれません。

すこし、前置きが長くなりましたが、この本では、チーム運営や、コラボレーションのスキル・原則を教えてくれます。

著者の理想の世界は、「異なる意見を持つ人々が前向きに協力しあって、決定を下し、問題を解決し、複雑な体系的問題に取り組むようなすばらしい世界」、というものです。そんな世界を実現するためには、人々はチーム運営やコラボレーションの原則を知っていなければ、実現は難しいだろうと思います。また、実際に今、各社会は統合されつつあるので、そういったスキル・原則が必要とされていると思います。

実際、私たちは、チーム運営について安易に考えがちではないかと思います。身近すぎて、きちんと学ぶ機会も与えられるものではありません。しかし、人が集まっても、いいチームにはなりません。目的を達成するためには、
【誰を関与させるか】
【一段階ずつコンセンサスを築いているか】
【プロセスは明確になっているか】
【ファシリテーターはいるか】
【会議メモはあるか】
などの、いくつもの条件があります。コラボレーションを発揮し、目的を達成するためには、すべきことを着実にしていくことが必要なのです。

チーム運営について安易に考えがちなのは、チームのコラボレーションがなくても、当面は各個人は生きていけるからだと思います。しかし、チームはコラボレーションがなければ、徐々に弱っていくのではないかと思います。そして、個人への影響は、組織の弱体化として後になって表れるのでしょう。

会社というものを考えたとき、経営者と幹部がいいチームであり、幹部と現場がいいチームである、そんな会社は強いだろうなと思います。社内に理不尽も少なく、社員が働きやすいのではないかと思います。
著者は、コラボレーション組織の特徴として、【ミッションの理解度】、【社員のミッションへの関与度合い】、【会社の適応力】、【一貫性】を挙げています。ご自身の参加される組織ではいかがでしょうか。

いいチームワークのために、最初の一歩を踏み出すのは、自分の力・意志です。
最初の一歩から、次の一歩へとつなげ、歩みのサポートをしてくれるのが、本書です。

2011年1月29日土曜日

経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか (14/100)




14冊目は、
経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか
ダグラス・ラミス 著
平凡社 です。

この本は2000年に出版された本で、少し古いのですが、いろいろな知見が得られました。

実は、大学時代に買って読んだ本で、2回目ですが、読みなおしてよかったと思います。大学時代よりも知識・経験が増え、以前よりもよく理解できたと思います。

この本の主題は、
「現在、私たちは、自分で自分を危うくしている。もう間に合わないかもしれないし、まだ間に合うかもしれない。でも、可能性にかけて変化を起こしましょう。」
というものだと思います。著者は現在の社会を、タイタニックに例えています。もうすぐ氷山にあたるぞ、という警告は何回も聞いて知っている、だけど、タイタニック上では、だれも警戒せず宴が続いている、それに、タイタニック号を停めれば、みんな仕事を失ってしまう、だから、みんなタイタニック号を停めようとしない、というものです。

この本を読んで、一番最初にやったことは、この読書マラソンのタイトルを人材活性化から人間活性化に変えたことです。

著者は人材という言葉は、人を生産の道具として扱う言葉だと述べています。私は、企業の生産効率をあげるために人材活性化という言葉を使ったり、勉強をしているわけではないので、人間の活性化というように言葉を変更しました。

著者はいろいろな観点から、現在の危機を訴えます。環境、戦争、国家、経済発展・・・

私は20代後半ですが、ものごころついた時には、今の日本のカタチはできあがっていました。ですから、上記の危機を、すでにある、“そういうもの”として受け入れてしまいがちです。「元々そういうものなのだから、しかたない」、と。

しかし、著者は豊富な知識から、社会のそういうものの、始まりを示したり、社会の仕組みが招いた事実を指摘します。このままでいいのかと、考えなおし、ダメだと思うなら、変化をおこすための行動をとるべきだと思うようになりました。

・環境を考えると、エネルギーはやがて枯渇します。
・憲法9条が改正されれば、いつか戦争に行くことになります。
・働いた時間分の賃金を受け取るために仕事をするなら、それは奴隷と何が違うのでしょうか。
・経済発展という言葉のもとで、貧困はなくなっているのか、貧困の種類が変わっているだけではないか。
・民主主義といいながら、国民の意見は反映されていない。
などなど、おかしいことは沢山あります。そういったおかしいことを続けているうちに、自分の尊厳はなくなり、無力感や、自己疎外感、ニヒリズムにおちいってしまうのではないでしょうか。

人間の活性化を考えるとき、社会の仕組みが、人間を不活性にしている事実にも注目しなければならないと思います。

「ダメだけれど、そういうもの」と考えている社会の仕組みについて目を向けさせてくれる本でした。

2011年1月23日日曜日

人を助けるとはどういうことか (13/100)




13冊目は、
人を助けるとはどういうことか
エドガー・H・シャイン 著、
金井真弓 訳、金井壽宏 監訳、
英治出版 です。

本書の原題である『HELPING』とは、「相手の役に立つこと」とのことです。本書では「支援」と訳されています。

支援はうまくいかないことが多いですが、どうやったら、相手の役に立つ支援ができるかが、本書のテーマです。

本書の中で明らかにされていますが、「支援」という人間関係の中でも、いろんな心の動きがあり、心のすれ違いから、支援がうまくいかないことが多々あります。

そんな小さな心の動きで、感情が影響を受けてしまうことを考えると、人間が活性化するのも、大きな枠組みだけでなく、人間関係の中の、小さな喜びでも、活性化につながりそうな気がします。逆に、小さなすれ違いで、やる気がなくなってしまったり。

本書で、一番興味を持って読んだのが、「ワンアップ・ワンダウン」という概念です。支援を求める側は、支援を求めることにより、一段低い位置に自分がいると感じます。支援をする側は、相手よりも、一段高い位置にいると感じます。支援関係のスタートがワンアップとワンダウンという対等の立場でないことが、支援がうまくいかないことの原因の一つである、とのことです。

もう一つ興味を持ったのが、「傾聴」の効果です。支援者が、支援を求めるクライアントの話をきちんと聴く事でクライアントは、話している内容や、ひいてはクライアント自身に価値があると示されたと感じ、自信を取り戻すのです。支援関係のスタートは、クライアントはワンダウンにいますが、傾聴する事で、ワンダウンから回復し、対等な関係に近くなり、支援関係がうまくいく可能性も高まります。

傾聴の効果は、支援者だけでなく、高齢者にも効果があると思われます。現在、傾聴ボランティア養成講座というものに通っていますが、このボランティアは話を聴くだけのものです。これはこれで難しいのですが、話を聴くことで高齢者の方は元気になる、とのことで、支援関係にもボランティアにも傾聴は効果があるのです。

人の心というものは、いろいろなものに影響を受けます。著者が提唱するプロセスコンサルテーションの原則の中にも、
「あなたがどんなことを行っても、それは介入、もしくはゆさぶりになる」
というものがあり、人間関係はどんどん変化していきます。それを考えても、人間が活性化し、それが持続するということは、とてももろいもののように思えてきます。

ただ、少なくとも、本書を読み、身の回りの支援関係を円滑にする事で、無用のトラブル・イライラを減らし、活性状態を疎外する要因を減らすことは明るい未来に近づく一歩だと思われます。

今日の芸術 (12/100)




12冊目は、
今日の芸術
岡本 太郎 著
光文社 です。

タイトルには芸術とありますが、私は、本書のメッセージは、
「全身で充実して生きよう、生きるよろこびをとり戻そう」
ということだと思いました。

本書は1954年に初版が出版されていますが、岡本太郎は57年前に、
「この社会に生きる人は、生きることに充実していない。不完全燃焼の感覚がある。毎日毎日の生き方が、『なにかほんとうではない。こんなものではないはずだ。』とあせっている。そして、ほとんどの人間はあきらめて、適当にやっている」
と言っています。

この言葉は、今の社会を指しているのではないかと思ってしまいます。

そして、岡本太郎は、その原因として、「自己疎外」をあげています。

例えば、テレビでプロ野球のファインプレーを見て楽しむ。しかし、自分は指一つ動かしていない。自分は参加していない。そこに、自分はいないのです。

岡本太郎はそんな心境をさして、
「楽しみながら、逆に傷つけられている。言いようのない空しさに。自己放棄をやめなければならない。」
と言います。

今の時代は、さらに自己疎外しやすい環境が揃っていると思います。テレビやインターネットから、世界の映像が得られ、楽しい映像も、感動する映像も、怒りの映像も得ることができます。

一人で、部屋にいるだけでも、喜怒哀楽があるのです。

しかし、自分は参加しておらず、疑似体験だと思います。こういった疑似体験は、自分の能力を弱めているように思います。知識はどんどん増えていきますが、人間としての力は弱まり、普段テレビやPCから受信しているような映像を、作り出す側になることはできないと思います。

振り返って自分はどうかというと、私は、ときどき、ジョギングをしますが、走っているときは、少し生きる手ごたえを感じます。マラソンを走っているとき、強く手ごたえを感じます。目標のために勉強している時も、生きる手ごたえは少しあります。また、仕事で、手ごたえを感じることも、まれにあります。家族と過ごす時間は、充実感を感じることが多いと思います。

しかし、それ以外で、生きる手ごたえを感じる瞬間は少なく、自分はそれだけ、生活に参加していないということだと思います。今、虚しいのであれば、自分が創っているものが、自分の人生を創っていないと感じているのではないでしょうか。

便利で、また、いろんなルール・権力・圧力がうずまく、この社会で、自分であり続けることはとても難しいと思います。でも、それができなければ自分の人生に満足できないとも思います。10戦10勝は難しいと思いますが、全敗ではなく、少しでも勝率を高めたいと思います。

尾崎豊の「僕が僕であるために」の中でも、
「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない」
と、ありますが、本当にそうだと思います。戦うのをやめたとき、冒頭の、「あきらめて適当にやっている」状態になるのだと思います。

人間が活性化するためには、体を動かして、自分の生活を創り出し、生きる手ごたえを感じていることが条件だと思います。活性化しているならば、生きる手ごたえを感じているのではないでしょうか。

社長のノート (11/100)





11冊目は、
社長のノート
社長のノート2
長谷川 和廣 著
かんき出版 です。

経営のエッセンス集でした。エッセンス集とは、入ってきやすいですが、抜けやすいものだと思います。エッセンス集が、定期的に売れる理由の一つではないでしょうか。

一番心に響いたのは、
「残念なことに経営者の一部は、社員というものは人件費という経費に過ぎないと見ている人も多い。」
という、文章でした。

なんとなく感じていたことを、言葉という形にされて、頭の中のピースがはまったように感じました。社員の立場からでは、自尊心もあり、自分を経費だと断定することができず、なんとなく感じていても、ちゃんとした形にならずにいたのだと思います。

以前読んだ本の中に、ピグマリオン効果・ゴーレム効果というものがありましたが、社員はコストと捉えられ、期待されていないと感じていては、成果は出ないのではないでしょうか。これは、活性化しないということになり、そういった経営者の下では、社員は不活性になるのではないでしょうか。

また、こんな言葉もありました。
「伸びていく会社の共通点は、社員の90%が『私が主人公』の組織」
というものです。これを読んで、DeNA社の「球体組織」という考え方を思い出しました。社員が面を構成するので、誰もが会社の第一線におり、主人公であるということになります。こういうイメージが本当に根付いている組織は、社員もやりがいがあり、強い組織だと思います。

最後に、印象に残った言葉を引用します。
・不人気を覚悟する。
・すぐに独立できる人こそ、会社にとっては独立しないで欲しい人。
・歯車になるな。モーターになれ。
・プロフェッショナルの構成要素は“技と情熱”“誇りと責任”
・素人経営者は会社を不幸にする。素人ビジネスパーソンは自分を不幸にする。
・仕事の報酬は仕事。

人間活性化モデル:人間活性化モデルVer.1

人間の活性化に関する読書をしているので、定期的に人間活性化のモデルを考えてみようと思います。

■活性化の定義
活性化した状態とは、
・意欲、活力、気力、元気、やる気がある
・いきいきとしている
・テンションがあがっている
状態ということができる。

■活性化のモデル
「環境」を「認識」することで「反応」がおきる。
「反応」により、活性状態になる。
反応の発生は、
1.「環境」が変化する
2.「環境」はそのままで、「認識」が変化する
または、
3.「環境」を同じように再度「認識」する
ことで、生じる。

「環境」
・(自身の)肉体
・家族
・友人
・職場
・地域
・社会

「認識」
(下記の認識があったとき活性化する)
・有意味感
・成長感
・感謝心
・全体感(つながり感)
・影響を与えることができる
・期待されている
・権限がある
・自由度が高い
・課題が克服可能である
・主人公である
・希望、可能性がある

(下記の認識があったとき不活性となる)
・搾取されている
・利用されている
・意味がない
・失敗しそう

■活性状態が持続しない理由
活性状態の反応は、短期間で消える。人間は学習するので、同じ「環境」に対する反応は小さくなっていく。マンネリ化し、活性化の度合いは低くなる。

■モデル化に組み込めなかった事柄
・ライバルがいることで活性化
・ロールモデルをイメージして活性化
・適切な報酬額により活性化

活性化モデルの仕組みや、モデル化に組み込めなかった事柄もあり、満足のいくモデル化はできていないのですが、読書レビュー10冊毎にモデル化を見直し、精緻化していきたいと思います。

マッキンゼー事業再生(10/100)




10冊目は、
マッキンゼー事業再生
ダイヤモンド社 です。

マッキンゼーが著者であり、コンサルティングがテーマです。そのため、自身の将来のイメージに近く、自身が活性化しました。特定の人物ではありませんが、ロールモデルに触れたような感覚です。経営者のインタビューもあり、臨場感があり、ケース学習のように疑似体験できます。

ただ、ピンとこなかったのは、「企業価値」という概念でした。自分の経験が中小企業であり、株式公開をしていないからかもしれません。

事業再生は、英語ではターンアラウンド(業績の急回復や方向転換)というようで、財務面のみならず、事業面の立て直しが必須とのことです。当然といえば当然ですが、現実には財務面だけの立て直しも多いとのことです。事業の立て直しとは、当該事業から十分なキャッシュフローが生み出されるようにすることであり、日本には、事業再生に長けた人は少ないとのことです。確かに、日本の中小企業の約4割の経常利益率はマイナスであるので、数十万の企業は十分なキャッシュフローを生み出していないと思われます。海外の数値は不明なのですが、日本の企業は経営が下手なのか、日本の市場がいけないのでしょう。

本書内の興味があったテーマとして、「組織改革」がありました。組織改革は、失敗に終わることが非常に多いとのことです。そして、失敗に終わると、社員間の雰囲気は改革前よりも悪くなるというリスクもあるとのことです。

そこで、組織改革を行う際は、
1.組織改革が本当に必要なのか
2.それで何を実現したいのか
を明確にすべきとのことでした。例えば、人員削減は、人員削減として行われるべきであり、組織改革の名の下に行われるべきでない、とありました。

本書は、いろいろなシリーズになっていますが、今は、コンサルティングの仕事をしていないので、現時点では、どんな内容が書かれているのかを知る程度にしておき、いざ、コンサルティングの仕事ができるようになったときに、必要なところを再読したいと思います。