2012年5月20日日曜日

6/30(土)【関西】中小企業診断士二次試験勉強会

日時:2012年6月30日(土) 13時~17時 
場所:大阪市立中央公会堂 第3会議室 
   〒530-0005 大阪市北区中之島1丁目1番27号 
地図:http://osaka-chuokokaido.jp/ 
費用:会議室代3000円を参加人数で負担。 
   (一人あたり負担上限は1000円とします。) 
定員:6~7名(2名以上で開催します。) 
内容:平成23年事例1(医療品メーカーの事例) 


関西で、診断士の二次試験の勉強会を開催します。 

今回は、平成23年の事例1(医療品メーカーの事例)を80分で解き、その後、各参加者の解答について、得点アップや、妥当性を高めるにはどう書けばいいかを話し合います。 

参加を希望される方は、mixi内のコミュニティに、イベントページがありますので、mixiにて参加希望の旨のコメント記入をお願いいたします。 
URL: 
http://mixi.jp/view_event.pl?&id=69656181&comm_id=55131

又は、mixiアカウントをお持ちでない方は、playingcanon■yahoo.co.jp(■には@を入れてください。)まで、メールいただければと思います。 
勉強会の内容の希望等がありましたら、合わせてご記入ください。 

二次試験は解答が発表されません。独学の場合、自分の解答の良し悪しを客観的に判断することは困難です。そのため、解答の得点アップや妥当性を高めるには、記述をどう変えればいいか判断するのは難しいです。 

勉強会形式であれば、客観的に、各自の解答をみる良い機会となります。 

各参加者の解答について、得点アップや妥当性を高めるにはどう書けばいいかを話し合うことで、それぞれの参加者の解答レベルが向上すると考えています。 

ただ、得点アップや妥当性向上の判断材料があった方がよいと思いますので、 
「MMC解答例」「TAC模範解答集」「大原問題解答集」の3種類の解答を準備しておきます。 

過去問ダウンロード先(中小企業診断士協会) 
http://www.j-smeca.jp/contents/010_c_/shikenmondai.html 

解答用紙ダウンロード先(受験学校AAS様) 
http://www.aas-clover.com/school/2sokuhou.html 

その他の勉強会のメリット 
・受験仲間ができる。 
・試験情報の交換ができる。 
・モチベーションアップ。 
・自身の思考のクセが見つかる可能性あり。 

この勉強会により、試験合格はもとより、将来のコンサルティングに活きるような読解力、分析力、論理力、記述力等が向上することを願っています。 

【次回以降告知】 
9月15日(土) 13:00~17:00 大阪市中央公会堂 

※おことわり※ 

以下の行為は禁止します 

・宗教、ネットワークビジネス、自己啓発、高額セミナー(アバター等)、キャッシュフローゲームへの勧誘目的の参加 
・ナンパ・異性との出会い目的の参加 
・参加者に迷惑をかける行為、誹謗中傷、暴言など 
・法律並びに公序良俗に反している行為 
・連絡なしのドタキャン(参加できなかった方に申し訳ないので今後の参加をお断りする場合があります) 
・勉強会終了後のメッセージなどによる勧誘行為 

以上、参加申し込みやお問合せをお待ちしております。

2012年5月15日火曜日

「死にざま」こそ人生(24/100)



24冊目は、
「死にざま」こそ人生
柏木哲夫 著
朝日新書 2011年
です。


「死」についての本です。
著者の柏木先生は淀川キリスト教病院の元ホスピス医であり、2500人を超える方を看取ってこられました。10章に分かれていて、各章で、和解・悲嘆・理解的態度・ユーモア等のそれぞれのテーマに沿ったホスピスでの「死にざま」が紹介されています。

著者は、「人は生きてきたように死んでいく(※ただし事故死や災害死には当てはまらない)」と述べます。死と生とはつながっているのでしょう。死を考えることは、どう生きるかを考えることでもあります。著者が提案しているように、誕生日や結婚記念日に死について、生き方について考えておくことで、死を受け入れた上で安らかに死ねそうに思います。

「どのように死ぬか」と考えると北方謙三氏の三国志や水滸伝を思い出します。北方謙三氏は死にざまを描くことで、男の生き方を示しています。…少し、話がそれました。

本書中に、「痛みはその人を現実に閉じ込める」という記述がありました。強い痛みの症状がある人は、未来を見つめることも過去を振り返ることもできず、死について考え、死を受け入れることに支障があるそうです。これは人間活性化のテーマにも応用できると思います。悩みを心の痛みと考えると、痛みの範囲が広がります。悩んでいるときは、未来や過去に目が向かず、目の前の悩みにとらわれ、生活は苦しいものになります。悩みを解消することは、重要だと思います。

柏木先生は、私の出身大学で教授をされていました。ユーモアのくだりは講義を受けた当時から印象深く、聴いたことのある内容があって懐かしくありました。また、柏木先生の職場であった淀川キリスト教病院は、通勤時に電車の窓から見え、身近な存在でもありました。

本書末尾の対談中にも記載がありますが、柏木先生は事象へのネーミングがとてもお上手です。「引っ張り症候群」「矢先症候群」「庶民の死」などなど。柏木先生は、「概念をまとめることばをあみ出すのは、年配者の役割だと思っているのです。長いこと現象を見てきていることで概念が焦点化するのです。」とおっしゃっています。クリエイティブさやユーモアを保ち続けておられる柏木先生を尊敬します。

最後に印象に残った文章を引用します。

P26、死の受け入れにくさは、別れなければならない人の数と関係しているのではないか

P31、横の安心、縦の平安。平安は上から来るもの、神から来るものかもしれない。よき死を死すためにはやはり、魂の平安が必要であるように思う。

P44、自分との和解、周りとの和解、超越者との和解

P60、人が自分なりにがんばり、「もうがんばれない」「少し弱音を吐きたい」「つらさを分かってほしい」という心境にいるときに、安易に励ますのはよくないというのが重要なポイントである。

P75、「いま、何が一番したいですか?」との問いかけに、「もう一度お客さんの頭をあたりたい」と答えた理髪店のマスターがいた。

P92、死の概念、1.普遍性、2.不可避性、3.不可逆性、4.因果性

P108、死を否認する心は末期の患者さんにしばしばみられるもので、それは死へのひとつのプロセスとして認め、スタッフはその心に寄り添っていくことが大切であるといわれている。

P111、「庶民の死」というのは「あきらめの死」である。庶民とは、いままで「小さな死」という体験をうまく乗り越えてきた人たちである。行きたい学校に行けず、就きたい仕事に就けなかった人々である。そのため、本当に大変な「自分の死」を迎える時になっても、「喪失体験をうまく乗り越える」練習が積まれているので、比較的上手に亡くなることができるのである。

P133、ユーモアによって、自分自身や自分の人生を異なった視点から観察できる柔軟性や客観性が生まれる。

P149、痛みに影響すること、1.気分、2.不安、3.睡眠、4.孤独感、さびしさ

P159、動物は成長してからも近くにいて、甘え続けてくれる。ペットは永遠の幼児なのである。

P168、ホスピスケアの目的は、「その人が、その人らしい生をまっとうできるように援助すること」だと思う。

P169、死別後、つらい毎日を過ごしている家族の一番の助けになったのは、患者が安らかに死を迎えたということなのである。

P171、P174、悲しみを表現しておけば表現しておくほど、死別後の悲しみからの立ち直りが早い。家族が患者のベッドサイドで泣くことは、避ける方がいい。

P203、「事実」と「真実」とは違う。

2012年5月4日金曜日

働くひとのためのキャリア・デザイン(23/100)



23冊目は、
働くひとのためのキャリア・デザイン
金井壽宏 著
PHP新書
です。 

キャリアについて考えるきっかけをくれる一冊です。

本書の主張は、「キャリアの節目では自身の進路を自己で選択し、節目以外では流されて(ドリフトして)みよう」というものです。

著者によると、日本では進路を流されて決める人が多いとのことです。仕事は人生の大半の時間を占め、間接的にもプライベートに影響を与えます。自身のキャリアの将来の方向性や目標を持たず、キャリアに自己決定感を感じないということであれば、その人は少なくとも仕事においては、活性化しづらいのではないでしょうか。 

本書では特に、「キャリアの節目」について書かれており、〈最初の就職〉と〈人生の正午の中年〉にスポットをあてています。私は最近、「理想と現実」や「足し算と引き算」のバランスについて考えていたのですが、本書の「節目」という考え方は良い示唆を与えてくれました。本書では「節目では過去を振り返り、将来を見直してキャリアをデザインする」とあります。「将来を見る」とは「理想をみること」、「理想から現在を引き算すること」と考えることもできそうです。また、本書では「節目の間は現実に流されることをいとわず、偶然の出会いを楽しむ」とあります。これは「現実を生き、足し算の人間観で生きること」と捉えることができそうです。

節目のときには、将来の理想・大きな夢を見直し次の節目の間の夢・進むべき道を選択する。節目の間は「今・ここ」にあるものに感謝し、日々を楽しみながら成長する、というのがいいのかなと感じています。

著者は、毎朝、自身の将来について考えるのは不健康とも述べています。私はどちらかというと、自身の将来について、日々考えてしまう方です。自己啓発本や手帳術にも「日々目標を確認すべし」とあることが多いように思います。ですが、振り返ってみますと、日々考えたからといって、毎回、考えかたが新しくなるわけではないし、むしろ思考の焦点がボヤけてくる気さえします。それはまるで、文字をじっと見つめていると、「こんな字だったかな」と、わからなくなってくることに感覚は似ています。また、毎日、理想と現実を比較ばかりしていてはダメだということと、近い部分があると思います。本書は、「節目くらいはキャリアを考えよう」と主張していますが、私にとっては、「節目以外は日々考えなくてもいいんだ」と開放してくれた本でありました。

本書を読んで気づいたことは、「物事には振り返るべきタイミングがある」ということです。 振り返るべきタイミングは、人生の節目、10年、5年、1年、半年、1ヶ月、1週間、1日とさまざまです。「物事ごとに適切なタイミングで、振り返り、将来の方向を見直していくこと」 、それは、ビジネスやマネジメントの世界では一般的なことかもしれませんが、自身のこととなると、そんなことさえ見落としてしまっていました。 私の考える活性化のモデルにも、「環境を認識するタイミング」を考慮すべきだと思います。「振り返る頻度が多すぎては適切な効果が得られない」、ということは下品な例ですが、「トイレのタンクに水が少ししか貯まってないのに頻繁に水を流しても効果がない」ようなものだと思います。ものごとはある程度、期が熟す必要があるのでしょう。

私は今、節目の手前にいると感じています。次の節目までの間に、資格をとり、人と関わる経験を積もうと考えています。節目間の積み重ねにより、節目で選べる次のキャリアが変わってくるのでしょう。そして、今は節目ではないのだから、日々を楽しみたいとも思います。それが私自身の活性化につながるでしょう。

本書は学術的で、「キャリアとは何か」について研究成果を基に述べられています。しかし、「どうやってデザインするか」についてはちょっと内容が少ないです。 ただ、「いいキャリア」の例として、いくつか紹介されているため、そこから自分に応用するのがよいでしょう。また、友人や家族、メンターと思える人に話し相手になってもらうのもいいでしょう。中年以降は成人前期と異なり、育成という道が合うのでは、と紹介もしてくれています。(エリクソンの人間発達のライフサイクル論、漸成説) 「トランジションサイクルモデル」という節目と節目間のステージの移り変わりのモデルが紹介されており、これはキャリアだけじゃなく、資格勉強やスポーツ等に応用できると感じました。各ステージごとに特徴があり、それに応じた対応があるとのことです。対応できなければ悪循環になりますし、うまく対応して善循環への移行も可能です。

著者も本書の中で述べていますが、読書だけではキャリアについて限界があります。自身のこととして考え、行動することが重要です。 一人よりも話しながらの方がうまく考えられるという人も多いと思います。 本書を基にした、キャリアデザインのワークショップや読書会があれば、キャリアについてよりいいデザインができるだろうと思います。まだまだそんな機会は身近にないのが現実かなぁと思います。

以下、印象深かった文章を引用します。
P106、節目だけはデザインすることによって、節目をくぐる度にさらにビッグに一皮むけるような生き方を、めざしたいものだ。 (※引用者追記、節目も多すぎては、一皮むけてもビッグにならない。)
P115、過剰な計画や過剰な設計をめざして疲れてしまう。考えすぎて元気よく歩めなくなるようなら、本末転倒だ。 
P116、キャリアを選び取るときに、ひとがやっていることは、ある意味では、夢と現実との間のダイナミックな刷り合わせである。 
P150、キャリアを歩むうえでの発想や行動のレパートリーを豊かにするうえで、しばしばドリフトしたほうがいいことさえある。 
P157、箱庭療法で、登校拒否児が治って学校に行くようになったとして、学校のほうに問題があったらどうするのか、会社に不適応で相談にきたひとも同じで、会社のほうに、人事のほうに問題があったらどうするのか、そこを考えるひともいるぞ。
P179、求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保障ない。成功の暁には名誉と賞賛を得る。 
P213、霧がかかっていてもやもやしているのはいやだ。しかし、霧が晴れると希望も霧散してしまうというディレンマがここにある。
P240、カウフマンの研究した高齢のひとたちは、歳をとること自体に意味を見出しているのではなく、高齢になっても自分自身であること、自分らしく生き抜くことに意味を見出しているのであった。 
P279、もし、あなたと街角で出会っても、これだけの人物なら雇いたいと思うぐらい、自分を絶えず磨いているかどうかが問われる。