24冊目は、
「死にざま」こそ人生
柏木哲夫 著
朝日新書 2011年
です。
「死」についての本です。
著者の柏木先生は淀川キリスト教病院の元ホスピス医であり、2500人を超える方を看取ってこられました。10章に分かれていて、各章で、和解・悲嘆・理解的態度・ユーモア等のそれぞれのテーマに沿ったホスピスでの「死にざま」が紹介されています。
著者は、「人は生きてきたように死んでいく(※ただし事故死や災害死には当てはまらない)」と述べます。死と生とはつながっているのでしょう。死を考えることは、どう生きるかを考えることでもあります。著者が提案しているように、誕生日や結婚記念日に死について、生き方について考えておくことで、死を受け入れた上で安らかに死ねそうに思います。
「どのように死ぬか」と考えると北方謙三氏の三国志や水滸伝を思い出します。北方謙三氏は死にざまを描くことで、男の生き方を示しています。…少し、話がそれました。
本書中に、「痛みはその人を現実に閉じ込める」という記述がありました。強い痛みの症状がある人は、未来を見つめることも過去を振り返ることもできず、死について考え、死を受け入れることに支障があるそうです。これは人間活性化のテーマにも応用できると思います。悩みを心の痛みと考えると、痛みの範囲が広がります。悩んでいるときは、未来や過去に目が向かず、目の前の悩みにとらわれ、生活は苦しいものになります。悩みを解消することは、重要だと思います。
柏木先生は、私の出身大学で教授をされていました。ユーモアのくだりは講義を受けた当時から印象深く、聴いたことのある内容があって懐かしくありました。また、柏木先生の職場であった淀川キリスト教病院は、通勤時に電車の窓から見え、身近な存在でもありました。
本書末尾の対談中にも記載がありますが、柏木先生は事象へのネーミングがとてもお上手です。「引っ張り症候群」「矢先症候群」「庶民の死」などなど。柏木先生は、「概念をまとめることばをあみ出すのは、年配者の役割だと思っているのです。長いこと現象を見てきていることで概念が焦点化するのです。」とおっしゃっています。クリエイティブさやユーモアを保ち続けておられる柏木先生を尊敬します。
最後に印象に残った文章を引用します。
P26、死の受け入れにくさは、別れなければならない人の数と関係しているのではないか
P31、横の安心、縦の平安。平安は上から来るもの、神から来るものかもしれない。よき死を死すためにはやはり、魂の平安が必要であるように思う。
P44、自分との和解、周りとの和解、超越者との和解
著者の柏木先生は淀川キリスト教病院の元ホスピス医であり、2500人を超える方を看取ってこられました。10章に分かれていて、各章で、和解・悲嘆・理解的態度・ユーモア等のそれぞれのテーマに沿ったホスピスでの「死にざま」が紹介されています。
著者は、「人は生きてきたように死んでいく(※ただし事故死や災害死には当てはまらない)」と述べます。死と生とはつながっているのでしょう。死を考えることは、どう生きるかを考えることでもあります。著者が提案しているように、誕生日や結婚記念日に死について、生き方について考えておくことで、死を受け入れた上で安らかに死ねそうに思います。
「どのように死ぬか」と考えると北方謙三氏の三国志や水滸伝を思い出します。北方謙三氏は死にざまを描くことで、男の生き方を示しています。…少し、話がそれました。
本書中に、「痛みはその人を現実に閉じ込める」という記述がありました。強い痛みの症状がある人は、未来を見つめることも過去を振り返ることもできず、死について考え、死を受け入れることに支障があるそうです。これは人間活性化のテーマにも応用できると思います。悩みを心の痛みと考えると、痛みの範囲が広がります。悩んでいるときは、未来や過去に目が向かず、目の前の悩みにとらわれ、生活は苦しいものになります。悩みを解消することは、重要だと思います。
柏木先生は、私の出身大学で教授をされていました。ユーモアのくだりは講義を受けた当時から印象深く、聴いたことのある内容があって懐かしくありました。また、柏木先生の職場であった淀川キリスト教病院は、通勤時に電車の窓から見え、身近な存在でもありました。
本書末尾の対談中にも記載がありますが、柏木先生は事象へのネーミングがとてもお上手です。「引っ張り症候群」「矢先症候群」「庶民の死」などなど。柏木先生は、「概念をまとめることばをあみ出すのは、年配者の役割だと思っているのです。長いこと現象を見てきていることで概念が焦点化するのです。」とおっしゃっています。クリエイティブさやユーモアを保ち続けておられる柏木先生を尊敬します。
最後に印象に残った文章を引用します。
P26、死の受け入れにくさは、別れなければならない人の数と関係しているのではないか
P31、横の安心、縦の平安。平安は上から来るもの、神から来るものかもしれない。よき死を死すためにはやはり、魂の平安が必要であるように思う。
P44、自分との和解、周りとの和解、超越者との和解
P60、人が自分なりにがんばり、「もうがんばれない」「少し弱音を吐きたい」「つらさを分かってほしい」という心境にいるときに、安易に励ますのはよくないというのが重要なポイントである。
P75、「いま、何が一番したいですか?」との問いかけに、「もう一度お客さんの頭をあたりたい」と答えた理髪店のマスターがいた。
P92、死の概念、1.普遍性、2.不可避性、3.不可逆性、4.因果性
P108、死を否認する心は末期の患者さんにしばしばみられるもので、それは死へのひとつのプロセスとして認め、スタッフはその心に寄り添っていくことが大切であるといわれている。
P111、「庶民の死」というのは「あきらめの死」である。庶民とは、いままで「小さな死」という体験をうまく乗り越えてきた人たちである。行きたい学校に行けず、就きたい仕事に就けなかった人々である。そのため、本当に大変な「自分の死」を迎える時になっても、「喪失体験をうまく乗り越える」練習が積まれているので、比較的上手に亡くなることができるのである。
P133、ユーモアによって、自分自身や自分の人生を異なった視点から観察できる柔軟性や客観性が生まれる。
P149、痛みに影響すること、1.気分、2.不安、3.睡眠、4.孤独感、さびしさ
P159、動物は成長してからも近くにいて、甘え続けてくれる。ペットは永遠の幼児なのである。
P168、ホスピスケアの目的は、「その人が、その人らしい生をまっとうできるように援助すること」だと思う。
P169、死別後、つらい毎日を過ごしている家族の一番の助けになったのは、患者が安らかに死を迎えたということなのである。
P171、P174、悲しみを表現しておけば表現しておくほど、死別後の悲しみからの立ち直りが早い。家族が患者のベッドサイドで泣くことは、避ける方がいい。
P203、「事実」と「真実」とは違う。
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