2012年11月20日火曜日

いのちのバトン (28/100)




28冊目は、
いのちのバトン
志村季世恵 著
講談社文庫 2009年
です。


本書では、死の間際や、出産前、子育ての強いストレス、うつ病など極限状態の人の苦しみが描かれています。

苦しみの後には喜びのシーンもあるのですが、とにかく読んでいて苦しくなりました。
ただ、現実にはこの苦しみの渦中にいる人が存在するということを、感じることができました。

著者はセラピストで、最近ではダイアローグ・イン・ザ・ダークという興味深い活動もされています。

本書はそのセラピーを通して出会った方たちの話です。
とにかく、クライアントへの著者の関わり方がすごいのです。
状況によっては食事・睡眠を共にし、セラピーの中で涙を流し、友だちのような感覚を持つのだそうです。
クライアントが亡くなると落ち込むと書かれていますが、当然だろうと思います。
すごいことをされているのですが、一般の人の何十倍もの悲しみ・喜びを経験することになり、体と心がもたず続けられないのではないか、と心配してしまいます。
体と心がもたないというのは、医師や看護師など医療や介護に関わる方たちに共通することなのかもしれません。

著者にとってセラピーは仕事ではなく、生き方なのだろうと思います。オンとオフの境がありません。

ちなみに、経営者や経営コンサルティングも仕事ではなく生き方だと思います。
価値を提供して対価を受け取るので、もちろん仕事ですが、日常の考え方、ふるまい、それらもコンサルティングとつながっていて、オンとオフの明確な境がないためです。

ただ、それは目新しいことではなく、一昔前は、「農民」「商人」「職人」などオンオフの境が明確でなく、仕事と生き方がリンクしていた時代だったのかなと思います。

私も将来、著者のように人の悩みを解消する手助けがしたいと思うので、この苦しさを頭の中だけではあるけれど、知っておく必要があると思います。

「ほんとうの奇跡」という章の中で、死を前にして悲観的になり、また過去の出来事に怒りを感じている、ある母親が紹介されます。
著者は、小さな幸福を探し、気持ちいいことを感じ、すてきなことを感じて、一日一日を楽しくすごそうと、その母親に提案します。
また、母親が元気になるという奇跡を願う娘さんにはこう言います。
「奇跡を考える前に、今、何をしたらお母さんが幸福な気持ちでいられるかを考えてみない?
 病気のお母さんでも感じられる幸福。
 今日は、奇跡が起きなかったからダメな日だった、ではなくて、今日もお母さんが小さな幸福を味わえて良かったねって。
 毎日を大切な、すてきな日にするの。」

私は「明日も今日のような日であればいいな」と、その日に満足できる人が増えるような仕事(生き方)をしたいなと考えているので、本書のこの部分は非常に参考になりました。

本書に登場する母親の場合、残された時間が少なく、今、生きている時をいいものにしようとします。
それが奇跡的に、母親を過去の怒りから解放し、残された家族の将来も明るいものにします。

著者は、目に見えない森や泉が誰の中にも存在していて、その森や泉を取り戻せたなら、本物の豊かさを知ることができる、といいます。
土の上を裸足で歩いたりする著者のセラピーはこの森や泉を取り戻すためのものなのでしょう。
別のことばでは、「ありのままの自分を受け入れて、今の自分を愛し、そこからスタートする」とも書かれています。

人は病や人間関係などに悩み苦しんで生きていますが、著者のいうとおり、今の自分を愛することができたら、明日も今日のような日であればいいなと思えるのではないかと思います。

私の人生に、道しるべを立ててくれた一冊でした。

最後に、印象に残ったことばを引用させてもらいます。

P11、
人は大きな苦しみを持つと、孤独な気分に陥ります。
するといつのまにか人や自然とのつながりを忘れてしまったりするのです。

P140、
元々、私はそういうところがあるんです。
学生の頃も、子どもの頃も。
ボランティア精神とエリート意識が混ざってて、よく「いい子ぶりっ子」って人に言われてましたから。

P172、一日だけでやぶれかぶれになって、もうダメ!なんてもったいないよねぇ。

1 件のコメント:

  1. 夜、ふとんに入り、自分の中にある“森”や“泉"をイメージしていると、あっという間に眠りに落ちてしまいます。
    もともと寝つきがいいというのもありますが^_^;

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