哲学してみる(はじめての哲学)
オスカー・ブルニフィエ
世界文化社 2012年
本書は、先日、NPOハロードリームのセミナーに参加した時のテキストでした。
哲学の導入書のようで、身近なものを対比させて考えるようになっています。
本書の最初に出てくるテーマが、「存在と外見」でした。
見開きのページに白身魚のフライとおもちゃの魚が描かれています。
白身魚のフライは魚ですが、見た目は魚ではありません。
おもちゃの魚は見た目は魚ですが、生物ではありません。
聞いた話では、子どもに「魚はどっち?」と尋ねると、おもちゃの魚を指すそうです。
対して大人になるにつれて魚は白身魚のフライだと考えるようになるようです。
存在は見た目が変わっても変わらないものです。外見と対比させて、内面と言ってもいいと思います。
例えば、スーツを着ていてもパジャマを着ていても同じ人です。
存在(内面)とは、考え方や信条、価値観などが該当すると思います。
セミナーは4人グループのワークショップ形式だったのですが、メンバーのお一人が、「外見は属性とも言える」とおっしゃいました。
そう考えると、思考の幅は広がり、外見には仕事の内容とか役職、学歴なども含まれてきます。
人にとって、存在(内面)も大切ですが、外見(属性)も大切です。
存在と外見は、例えれば、水と器のようなもの、だと思います。
存在とは形はもたず質で示されるものだと思います。
水は無形ですが、甘い水や苦い水など、質には明確な違いがあります。
外見は、存在と他者とをつないでくれる境界です。
外見がなければ、相手に自己の存在を伝えることはできません。
いくらうまい水でも、手ですくったり、コップに入れないと飲めません。
追い求めるべきは、存在と外見どちらでしょうか。
私の中では、存在の方が価値が高く、外見は軽視しがちです。
存在は生きる目的、外見(属性)は生きる手段、といった感じです。
だけど、結局は、存在と外見は、両輪のような関係で、前に進むには両方必要なのでしょう。
そして、片方だけが急に大きくなったりしたら、その場で円を描きだして前に進まなくなるため、バランスも必要です。
また、存在と外見は相互に影響しあっているとも思います。
内面が変われば外見もおのずと変わり、外見の変化が内面に影響することもあるでしょう。
例えば、ある病気にかかることは外見の変化です。
その病気を長く患うことになれば、内面にも変化があらわれるでしょう。
他人の痛みに共感を示すようになるかもしれません。
また、その後、その病気を克服すれば、内面にまた違った変化があらわれることでしょう。
ものごとをポジティブに考えるようになるかもしれません。
また、存在も外見もなかなか変わらない部分もあれば、なにかの出来事でがらりと変わってしまうこともあると思います。
ここまで考えて自分を振り返ってみると、最近は、資格をとることや、経営コンサルティングを仕事にすることに熱を入れていました。
これらは外見(属性)に該当します。
存在を高めることも忘れてはなりません。
考え方や信条、価値観などを高めるには、読書・行動・経験などがポイントなのでしょうか。
外見もおろそかにはできませんが、存在を高め人の苦しみを取り除けるような人になりたいと思います。
まとまりのない文章になってしまいました。
自分自身や人間そのものを、存在と外見の二つにわけてみる、というだけで、いろいろと考えることができました。
おもしろい分け方ですね。本書には、他にも10個ほどの二分法がありますが、どのお題もよく練られたものだと思います。。
二つにわけて考えることで、今まで意識しなかったことが見えたりします。
秀逸な一冊だと思います。
追記:
返信削除「存在」は相手の心の中に作られるもの。
「外見」は実際にあるもの。
*参考 「ブランドの授業」 阪本啓一 著